恋夢24最終話
恋夢24 最終話
社内では竹内のことがどのように伝わっているのかと、心配しながらつくしが出社すると、噂好きの島崎が知ってる知ってる?と話しかけてくる。
「おはようございます…どうしたんですか?」
「竹内くんがね…異動したらしいのよ!しかも東北にある系列の子会社だって!」
島崎はつくしから情報を引き出そうとしている風でもなく、ただ噂のネタがあればいいらしい。
悪意がないのが分かるため、つくしとしても気が楽だった。
「あ、そうなんですか?」
本当のことなど言えるはずもない。
つくしのことを襲おうとして、働けなくなりましたなどと言おうものなら、竹内の人生を壊してしまう。
「実家のお母さんの具合が良くないみたいでね、本人から異動願いが出されてたみたいよ〜。最近仕事に身が入ってなかったから、心配してたけど…。相談してくれればよかったのにね…」
そういうことにしてくれたんだ…。
「そうですね…。でも、ご両親の近くでいた方が安心ですもんね」
これから、ずっと話をしていなかった父親との距離を縮めることが出来ればいいけれど。
「花沢っ、行くぞ」
「あ、はいっ!じゃあ島崎さん行ってきます」
木嶋に呼ばれ、鞄を手にすると席を立った。
他の同僚にも行ってきますと声を掛けて、部屋を出る。
「大丈夫か?」
竹内の話をするのは、つくしにとっては辛いのではと気を遣ってくれているのだ。
木嶋は気を利かせて先に帰ってしまった為に、竹内の事情も何も知らないはずだ。
助けてくれた木嶋には伝えた方がいいだろう。
「木嶋さん…あの、昨日のことっ…」
「…いいよ、俺は忘れることにする…おまえも俺に話しておかなきゃとか、思う必要ないからな」
「すみません…」
「ほら、行くぞ!」
「はい!」
*
つくしのOJTも無事終わり、木嶋は一抹の寂しさと共につくしの独り立ちを迎えた。
そして新人とは思えないほどの実績をあげ、つくしは営業部になくてはならない存在となった。
もちろん、知り合いなどではない、新規の取引先も次々と見つけてくるのだから、常務の奥様と知ったあと少し距離を置かれてしまった部長も何も言えない。
「花沢さん、ここのレストラン最近評判がいいらしくって、島崎さんが見つけて来たんだけど、オーナーがフランス人らしくて日本語そんなにうまくないみたいなの。花沢さんフランス語話せたよね?」
「はい、大丈夫です」
「助かった〜!誰もフランス語話せる人いなくてさ。交渉行ってもらえる?」
「いいですよ」
F4に鍛えられたつくしの特技は、遺憾なく発揮することが出来た。
正直生け花など、どこで披露することがあるのだろうかと思っていたのだが、何事も経験はしておくもので、顧客に上流階級の奥様方が多いことから、自然と話は彼女らのステータスを聞かされることが多い。
その会話に合わせられるだけの知識が、今のつくしはあるのだ。
「花沢さんって、どこかのお嬢様かなんか…?まぁ常務の奥さんだもんね。語学凄いよね…あと、お茶とか生け花とかも資格持ってるんだっけ?」
「あ、いえ。あたしは全然凄くないですよ?ただ、周りの友人に助けてもらって習得出来たんです」
あたしをここまで育ててくれたのは、気のいい友人たち。
それに、会社の仲間。
*
そして約束の1年を迎える。
「花沢さんがいなくなったら、営業部の売り上げガタ落ち…なことにならないように、全員気を引き締めてな!」
部長が少し笑いを取り挨拶が終わると、つくしが前に出て全員の顔を見渡し一礼をした。
「初めて働いた会社がここで良かったです。皆さんのおかげで色々な経験を積むことが出来ました。ありがとうございました!」
全員の大きな拍手に包まれると、木嶋から花束が手渡された。
「お疲れ様。頑張ったな」
「ありがとうございます!木嶋さんのおかげです」
「ちょっと待ちなさい」
今日は確か本社からの呼び出しに応じていたはずの社長が、戻ってきたらしい。
「花沢さん、すまないが…話させてもらって構わないかね?」
「は、はい、もちろん。どうぞ…」
つくしは場を譲ると、社長の話を待った。
「え〜皆さん…突然のことに驚かせてしまうとは思うが…」
全員が、そう切り出した社長の話を固唾を飲んで待っている。
「この度、flowerfoodは花沢本社ビルに移転することになりました!」
「「「えええええっ!?」」」
「ということで、花沢さん…辞める必要ないようだよ?」
「えっ!?どういうことですか!?」
「さあ?あとで常務に聞いてみたらどうかね」
社長は柔和な笑みを浮かべ、移転の準備で忙しくなると部長を連れて仕事へと戻って行った。
「送別会…の予定だったけど…花沢さんおかえりなさい!の歓迎会にしよっか〜!」
島崎が言うと、飲み会大好きメンバー達は飲めれば名目は何でもいいのか、大いに盛り上がる。
つくしは、1度は片付けてしまったデスクをどうしようかと見ると、木嶋がつくしの側に立って言った。
「また一緒に働けるなら嬉しいよ。しかも引っ越しの準備1人だけ先に終わってるようなもんだしな」
「あっ、そっか!!」
まだ…この仲間と働けるんだ。
それが嬉しくないわけがない。
口元を手で押さえていないと、涙が溢れてしまいそうでつくしが俯くと、木嶋に頭を優しくポンポンと叩かれた。
類…ありがとう。
*
珍しく全員が定時退社をすると、いつもの居酒屋へ向かった。
「ってことで、花沢さ〜んおかえりなさ〜い!」
「かんぱーい!」
「ふふっ、まだ辞めてもいなかったですけどね〜嬉しいです。本当に」
島崎が乾杯の音頭を取ると、思い思いに酒を飲み始める。
つくしは自然に木嶋と島崎の近くに座ると、ノンアルコールカクテルをチビチビ飲んでいた。
今日でこの仕事も終わるのだと昨日から緊張していた為か、どうも朝から身体が怠い。
具合が悪い…というほどではないので、普通に仕事もこなし、誰にも気付かれない程度ではあったが、そういう時は飲まないに限るのだ。
「ねーねー、花沢さんっ!常務って普段家で何してるの!?なんかチェスとかしそうよね〜!」
島崎が興味津々というように聞いてきた。
そういえば、今度絶対聞かせてねの約束は未だに果たしていなかったのだから、仕方がない。
「チェス盤確かに家にありますけど…でもやってるとこ見たことないですよ?」
「へえ〜やっぱりあるんだっ!やっぱりデートは高級レストランとか、豪華クルージングディナーとかっ!?」
確かに類のイメージはそんな感じだな…とつくしは苦笑する。
高等部の頃、テレビが大好きで暇さえあれば寝ていた類。
今でも休日はテレビを付けて、2人でベッドにいる時間の方が長い。
しかしそれは、つくしだけが知っていればいいこと。
「あたしが…そういうとこちょっと苦手で、出掛ける時はあたしに合わせてくれることが多いかな…。公園ブラブラするとか、パンケーキ食べに行くとか」
それももちろん本当だけれど。
「意外〜!もっとセレブな感じかと思ったわ!でも、花沢さんが行きたいところに付き合ってくれるんだものね〜ラブラブじゃない!?」
つくしは島崎と木嶋にしか聞こえないぐらいの声で話していたつもりが、いつの間にか周りがシンと静まり返っていて、全員が聞き耳を立てていた。
「ラブラブだよね…つくし」
そして突然後ろから抱き締められるように腕を回され、つくしが驚いてビクッと固まると、耳元で囁かれる。
「類っ!」
「送別会じゃなくなって良かったね」
木嶋がつくしとの間に座るスペースを作ると、類はつくしを自分の足の間に座らせ、腰に手を回す。
この場に社長、部長がいなくて良かったかもしれないと木嶋は息を吐いた。
いくら類の方が立場が上だとはいえ、50を過ぎた上司がまだ20代の青年にゴマをするところなどは見たくはない。
しかも、類の瞳にはつくししか写っていないようで、ゴマをするところで無視されるのは目に見えている。
「そうだった!どういうこと?辞めなくていいって。いや、すっごく嬉しいんだけどね…。家でそんなこと言ってなかったでしょ?」
「ん?ちょっと前に聞いたでしょ?今の職場どうって?そうしたら、楽しいって言うからさ。でも、朝一緒に出られないのはもう嫌だしね…いい考えでしょ?」
夫婦の会話を一字一句逃してなるものかと、耳を澄ませていた同僚たちが固まる。
朝一緒に出られないのが嫌…?
そ、それが移転の理由?
「え…でも、本社で、類の側で働かなくてもいいの…?」
「つくしは、つくしのやりたい事をやればいいよ。毎日楽しいんでしょ?でも、あんまり頑張りすぎないでね」
「類…」
「それに…もう充分隣に立てるよ、つくしなら。根性あるからね、俺の奥さんは」
類がフッと笑みを浮かべると、女性たちからキャーっという歓声が上がる。
その声につくしが周りを見渡すと、店の他の女性客も全員が類を見ている。
そして、抱き締められているつくしに対しては、羨望とも嫉妬とも言える視線が付きまとう。
もうとっくに慣れたけどね…。
類はそれを気にも止めず、2人の世界を作り出す。
そんなシンとした空気を打ち破ったのは、空気を全く読めない店の客だった。
どう見ても会社の飲み会だと分かる席に、割って入ることなど普通の神経で出来るはずがない。
「あの〜もしよかったら、この後飲みに行きませんか〜?」
芸能人と言っても不思議ではないほどの、スレンダーな美女が友人を2人連れて類に話しかけてきた。
よほど自分に自信があるのだろう。
断られるとは微塵も思っていないようだ。
類がつくしを抱き締めているのが見えないわけがないのに。
「その子より私たちの方が、楽しませてあげられると思うし〜」
そう言うと、友人とみられる1人が、類の腕にわざと胸を当てるように手を絡ませてくる。
「気持ち悪い…堀田」
「はい」
「え…」
パンッと腕を払うと、振り返りもせずにSPを呼ぶ。
「気持ち悪い、香水臭い、この人たちどっかやって」
「はい」
堀田と共にいた、類付きのSP数人が一斉に女性客を取り囲むと脇を抱えられる。
「なっ、何すんのよっ!!」
「触らないでっ!」
女たちはさっきまでの態度はどこにいったのかと思うほど、ギャーギャー叫びながらSPに連行されるが、類は1度たりとも振り返ることはなかった。
「うわぁ〜ほんとにラブラブなんだ〜」
一連の出来事を食い入るように見つめていたflowerfood営業部社員たちは、島崎の言葉にようやく我に帰る。
「もしかして、いつもこんな感じなの?常務と」
「えっ、う…ど、どうなんだろ?」
「いつもはもっとラブラブだよね」
類がつくしの頬にキスをしながら言うと、ほうっと女性たちからため息が漏れる。
「常務っと花沢さんって、新婚ですよね?」
新婚じゃなかったら、こんなにイチャイチャオーラを出すはずがないとでも言いたいのか。
島崎が口火を切ったことで、ハードルが低くなったのか、他の面々も話し始める。
「新婚って言えば新婚ですかね?まだ4年なので」
つくしが答えると、全員が声を揃えて驚いたような顔をする。
「「「4年っ!!??」」」
「って、2人とも大学生で!?」
「つくしが大学2年のころだからね」
「類は働きながらだったもんね」
類もつくしの同僚、しいては自分の部下にもあたる人間には、一線は引くが無視をするようなことはしない。
それだけ、類も大人になったのかと思うと、寂しいような気もする。
決して無視してほしいわけではないのだが。
「なんで…そんなに早く?」
若手の男性社員が、理解できないとでも言うように類に聞いた。
「早くしないと、また他の男がつくしのこと好きになりそうだったから」
類の言葉に、そうだったのかとつくしは顔を真っ赤にする。
それは類の考え過ぎなんだってばっ。
「あ〜でも、確かに…。花沢さんモテるわよね〜」
「ちょっ…島崎さんまで何言うんですか!?」
類が機嫌を損ねると、つくしの身体的に非常に辛いことになると、経験から分かっている。
下手に煽らないでくれと視線を送るが、島崎は見たこともないぐらい楽しそうだ。
「だって、よく営業行くとご飯誘われてるじゃない?無下にも出来なくて、どうやって断ればいいですか?って聞いてきたの誰だっけ〜」
「ふーん、そうなんだ」
つくしを抱き締める類の周りの空気が、軽く1度は下がった。
「やっぱり、専業主婦になる?」
「島崎さんの冗談だからっ!お願いっ真に受けないで!!」
振り返って類の肩をガシッと掴むと、必死に揺さぶった。
確かに、そんなこともあったけど…っ。
「ぷっ、くくっ…分かってるよ。そんなに必死にならなくても、今更辞めろなんて言わないって」
まあ、今度は目も届くしね…。
類とつくしの仲睦まじい様子に、同僚たちも自然と笑顔になる。
「あれ…そういえばつくし食べてなくない?こういうの好きじゃなかった?」
類が珍しいねと不思議そうに聞いた。
目の前に置かれている料理に、つくしが全く手を付けていないからだ。
いくら話題の中心に自分たちがいたからといって、遠慮するような女ではないはずだ。
むしろ、食事がメーンで会話そっちのけの方が、まだ納得できる。
「あ〜なんか食欲なくて…。風邪の前兆かな?サラダ食べるよ」
「風邪引いたらちゃんと栄養取って寝るのが一番、って言ってなかった?」
「そうなんだけど…。なんか胸やけがして…お腹空かないんだもん」
それを聞いていた島崎が、ピクリと反応する。
他にも何人かの女性が、つくしを見た。
「花沢さん…。もしかして…」
全員の前で話題にするようなことではないと、島崎がつくしにおいでおいでをする。
「…?」
「…最近、生理いつ来た?」
耳に手をあて内緒話をするように、小さな声で言われる。
「ええっ!?突然何ですか?」
何を言い出すのかと思いながらも、最近の予定と照らし合わせながら、あぁ滋さんのところと最終打ち合わせをしていた時だと思い出した。
あれ…?
確か、寒いねって…雪降ってきたよ、なんて話をして…。
挨拶する時、あけましておめでとうって言わなかった?
そうだ…つくし誕生日おめでとう、もう去年になっちゃったね、そんな話を滋さんとした頃だ。
それは1月の頭だ。
今は、3月の終わり…2ヶ月きてない。
「えっ、えっ、まさか…島崎さんっどうしよう!」
「つくし?なに…落ち着いて説明して」
パニックに陥ったつくしに、類はどうしたのかと心配そうにするが、そういう時女は強かった。
「ちょっと常務…すみません。花沢さんと話させてください」
島崎が席を立つと、つくしの隣に移動し、より声を潜めて話し出した。
「それでいつ?」
「…1月の頭です」
「そう…可能性は高いけど、ストレスで遅れたりすることも多いし、あなたみたいな立場の人が、こんなところでそのことを公にするわけにはいかないわよね。もう2ヶ月以上遅れているのなら、検査薬を使えば反応がすぐに出るし、病院に行ってもすぐ分かるはずよ。取り敢えず帰ったら常務に相談しなさいね」
「は、はい…」
「大丈夫よ。どちらにしても私の胸に留めておくから…」
島崎は笑うと、いつもの噂好きの女の顔から、母親の顔をして言った。
つくしも安心して、不安そうな顔を打ち消すように笑った。
もちろんその会話は類にも聞こえているはずで、つくしは恐る恐る類を振り返ると、口元を手で隠すように俯いていた。
「類?」
「ヤバイかも…」
「え?」
「嬉し過ぎる…」
表情を手で隠すようにしているが、頬が微かに赤く染まっている。
そして類の手が、優しくつくしの腹部をさする。
「まだ、分かんないよ?」
「ちょっと待ってて…」
類は席を立つと、居酒屋の店長と思われる人物に話し掛けていた。
そして堀田にも一言二言話すと、そのまま座らずにつくしを立たせる。
「では、私たちは先に失礼しますが…ここの支払いは済ませてありますので、好きなだけ注文してもらって構いません。ほら、帰るよ…つくし」
「あ、うん。皆さんごゆっくり…島崎さん、ありがとうございました」
つくしが去り際に礼を言うと、何も言わずに首を振った。
全員がご馳走様でしたと頭を下げるが、前を向いて振り向かない類の代わりにつくしが軽く頭を下げた。
店の前に付けられたリムジンに乗り込むと、類は仕切りを下ろして話し始めた。
「家に、医者呼んだから。ちゃんと調べてもらおう」
「えっ?家に!?もし…出来てたら…どうしよう。嬉しいけど…ちゃんと周りに認められるまではって思ってたのに…」
「もうみんな認めてるよ…。あとは誰に認められたいの?」
「分かんない…。とにかく、類の隣に堂々と立てるようにって、そればっかり考えてたから…」
「妊娠してるといいね…」
「そう思ってくれるの?…そうだよね、赤ちゃん出来たら嬉しいね」
つくしは、自然と腹部をさすり、まだいるかどうかも分からないのに、類によく似た男の子の顔が思い浮かんだ。
*
類が見守る中、医師が持ち込んだ超音波エコーで確認すると、すでに胎児の心拍も確認することが出来た。
もうすぐ3ヶ月に入るらしい。
「性別どっちだろ〜」
「女の人って凄いね。こうやって命が繋がっていくんだ…」
類は感心するように、エコー写真をずっと眺めている。
「うん…類だってお母さんのお腹にいたんだもんね…あ、お義母さんたちに連絡しないと!」
「喜びそうだね…。うちの親も、つくしの両親も」
「幸せにしてあげないとね…2人で」
つくしが言うと、ソファに座るつくしの手に自身の手を重ね、キュッとその手を握った。
類はゆっくりとつくしの唇にキスを落とす。
fin
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社内では竹内のことがどのように伝わっているのかと、心配しながらつくしが出社すると、噂好きの島崎が知ってる知ってる?と話しかけてくる。
「おはようございます…どうしたんですか?」
「竹内くんがね…異動したらしいのよ!しかも東北にある系列の子会社だって!」
島崎はつくしから情報を引き出そうとしている風でもなく、ただ噂のネタがあればいいらしい。
悪意がないのが分かるため、つくしとしても気が楽だった。
「あ、そうなんですか?」
本当のことなど言えるはずもない。
つくしのことを襲おうとして、働けなくなりましたなどと言おうものなら、竹内の人生を壊してしまう。
「実家のお母さんの具合が良くないみたいでね、本人から異動願いが出されてたみたいよ〜。最近仕事に身が入ってなかったから、心配してたけど…。相談してくれればよかったのにね…」
そういうことにしてくれたんだ…。
「そうですね…。でも、ご両親の近くでいた方が安心ですもんね」
これから、ずっと話をしていなかった父親との距離を縮めることが出来ればいいけれど。
「花沢っ、行くぞ」
「あ、はいっ!じゃあ島崎さん行ってきます」
木嶋に呼ばれ、鞄を手にすると席を立った。
他の同僚にも行ってきますと声を掛けて、部屋を出る。
「大丈夫か?」
竹内の話をするのは、つくしにとっては辛いのではと気を遣ってくれているのだ。
木嶋は気を利かせて先に帰ってしまった為に、竹内の事情も何も知らないはずだ。
助けてくれた木嶋には伝えた方がいいだろう。
「木嶋さん…あの、昨日のことっ…」
「…いいよ、俺は忘れることにする…おまえも俺に話しておかなきゃとか、思う必要ないからな」
「すみません…」
「ほら、行くぞ!」
「はい!」
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つくしのOJTも無事終わり、木嶋は一抹の寂しさと共につくしの独り立ちを迎えた。
そして新人とは思えないほどの実績をあげ、つくしは営業部になくてはならない存在となった。
もちろん、知り合いなどではない、新規の取引先も次々と見つけてくるのだから、常務の奥様と知ったあと少し距離を置かれてしまった部長も何も言えない。
「花沢さん、ここのレストラン最近評判がいいらしくって、島崎さんが見つけて来たんだけど、オーナーがフランス人らしくて日本語そんなにうまくないみたいなの。花沢さんフランス語話せたよね?」
「はい、大丈夫です」
「助かった〜!誰もフランス語話せる人いなくてさ。交渉行ってもらえる?」
「いいですよ」
F4に鍛えられたつくしの特技は、遺憾なく発揮することが出来た。
正直生け花など、どこで披露することがあるのだろうかと思っていたのだが、何事も経験はしておくもので、顧客に上流階級の奥様方が多いことから、自然と話は彼女らのステータスを聞かされることが多い。
その会話に合わせられるだけの知識が、今のつくしはあるのだ。
「花沢さんって、どこかのお嬢様かなんか…?まぁ常務の奥さんだもんね。語学凄いよね…あと、お茶とか生け花とかも資格持ってるんだっけ?」
「あ、いえ。あたしは全然凄くないですよ?ただ、周りの友人に助けてもらって習得出来たんです」
あたしをここまで育ててくれたのは、気のいい友人たち。
それに、会社の仲間。
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そして約束の1年を迎える。
「花沢さんがいなくなったら、営業部の売り上げガタ落ち…なことにならないように、全員気を引き締めてな!」
部長が少し笑いを取り挨拶が終わると、つくしが前に出て全員の顔を見渡し一礼をした。
「初めて働いた会社がここで良かったです。皆さんのおかげで色々な経験を積むことが出来ました。ありがとうございました!」
全員の大きな拍手に包まれると、木嶋から花束が手渡された。
「お疲れ様。頑張ったな」
「ありがとうございます!木嶋さんのおかげです」
「ちょっと待ちなさい」
今日は確か本社からの呼び出しに応じていたはずの社長が、戻ってきたらしい。
「花沢さん、すまないが…話させてもらって構わないかね?」
「は、はい、もちろん。どうぞ…」
つくしは場を譲ると、社長の話を待った。
「え〜皆さん…突然のことに驚かせてしまうとは思うが…」
全員が、そう切り出した社長の話を固唾を飲んで待っている。
「この度、flowerfoodは花沢本社ビルに移転することになりました!」
「「「えええええっ!?」」」
「ということで、花沢さん…辞める必要ないようだよ?」
「えっ!?どういうことですか!?」
「さあ?あとで常務に聞いてみたらどうかね」
社長は柔和な笑みを浮かべ、移転の準備で忙しくなると部長を連れて仕事へと戻って行った。
「送別会…の予定だったけど…花沢さんおかえりなさい!の歓迎会にしよっか〜!」
島崎が言うと、飲み会大好きメンバー達は飲めれば名目は何でもいいのか、大いに盛り上がる。
つくしは、1度は片付けてしまったデスクをどうしようかと見ると、木嶋がつくしの側に立って言った。
「また一緒に働けるなら嬉しいよ。しかも引っ越しの準備1人だけ先に終わってるようなもんだしな」
「あっ、そっか!!」
まだ…この仲間と働けるんだ。
それが嬉しくないわけがない。
口元を手で押さえていないと、涙が溢れてしまいそうでつくしが俯くと、木嶋に頭を優しくポンポンと叩かれた。
類…ありがとう。
*
珍しく全員が定時退社をすると、いつもの居酒屋へ向かった。
「ってことで、花沢さ〜んおかえりなさ〜い!」
「かんぱーい!」
「ふふっ、まだ辞めてもいなかったですけどね〜嬉しいです。本当に」
島崎が乾杯の音頭を取ると、思い思いに酒を飲み始める。
つくしは自然に木嶋と島崎の近くに座ると、ノンアルコールカクテルをチビチビ飲んでいた。
今日でこの仕事も終わるのだと昨日から緊張していた為か、どうも朝から身体が怠い。
具合が悪い…というほどではないので、普通に仕事もこなし、誰にも気付かれない程度ではあったが、そういう時は飲まないに限るのだ。
「ねーねー、花沢さんっ!常務って普段家で何してるの!?なんかチェスとかしそうよね〜!」
島崎が興味津々というように聞いてきた。
そういえば、今度絶対聞かせてねの約束は未だに果たしていなかったのだから、仕方がない。
「チェス盤確かに家にありますけど…でもやってるとこ見たことないですよ?」
「へえ〜やっぱりあるんだっ!やっぱりデートは高級レストランとか、豪華クルージングディナーとかっ!?」
確かに類のイメージはそんな感じだな…とつくしは苦笑する。
高等部の頃、テレビが大好きで暇さえあれば寝ていた類。
今でも休日はテレビを付けて、2人でベッドにいる時間の方が長い。
しかしそれは、つくしだけが知っていればいいこと。
「あたしが…そういうとこちょっと苦手で、出掛ける時はあたしに合わせてくれることが多いかな…。公園ブラブラするとか、パンケーキ食べに行くとか」
それももちろん本当だけれど。
「意外〜!もっとセレブな感じかと思ったわ!でも、花沢さんが行きたいところに付き合ってくれるんだものね〜ラブラブじゃない!?」
つくしは島崎と木嶋にしか聞こえないぐらいの声で話していたつもりが、いつの間にか周りがシンと静まり返っていて、全員が聞き耳を立てていた。
「ラブラブだよね…つくし」
そして突然後ろから抱き締められるように腕を回され、つくしが驚いてビクッと固まると、耳元で囁かれる。
「類っ!」
「送別会じゃなくなって良かったね」
木嶋がつくしとの間に座るスペースを作ると、類はつくしを自分の足の間に座らせ、腰に手を回す。
この場に社長、部長がいなくて良かったかもしれないと木嶋は息を吐いた。
いくら類の方が立場が上だとはいえ、50を過ぎた上司がまだ20代の青年にゴマをするところなどは見たくはない。
しかも、類の瞳にはつくししか写っていないようで、ゴマをするところで無視されるのは目に見えている。
「そうだった!どういうこと?辞めなくていいって。いや、すっごく嬉しいんだけどね…。家でそんなこと言ってなかったでしょ?」
「ん?ちょっと前に聞いたでしょ?今の職場どうって?そうしたら、楽しいって言うからさ。でも、朝一緒に出られないのはもう嫌だしね…いい考えでしょ?」
夫婦の会話を一字一句逃してなるものかと、耳を澄ませていた同僚たちが固まる。
朝一緒に出られないのが嫌…?
そ、それが移転の理由?
「え…でも、本社で、類の側で働かなくてもいいの…?」
「つくしは、つくしのやりたい事をやればいいよ。毎日楽しいんでしょ?でも、あんまり頑張りすぎないでね」
「類…」
「それに…もう充分隣に立てるよ、つくしなら。根性あるからね、俺の奥さんは」
類がフッと笑みを浮かべると、女性たちからキャーっという歓声が上がる。
その声につくしが周りを見渡すと、店の他の女性客も全員が類を見ている。
そして、抱き締められているつくしに対しては、羨望とも嫉妬とも言える視線が付きまとう。
もうとっくに慣れたけどね…。
類はそれを気にも止めず、2人の世界を作り出す。
そんなシンとした空気を打ち破ったのは、空気を全く読めない店の客だった。
どう見ても会社の飲み会だと分かる席に、割って入ることなど普通の神経で出来るはずがない。
「あの〜もしよかったら、この後飲みに行きませんか〜?」
芸能人と言っても不思議ではないほどの、スレンダーな美女が友人を2人連れて類に話しかけてきた。
よほど自分に自信があるのだろう。
断られるとは微塵も思っていないようだ。
類がつくしを抱き締めているのが見えないわけがないのに。
「その子より私たちの方が、楽しませてあげられると思うし〜」
そう言うと、友人とみられる1人が、類の腕にわざと胸を当てるように手を絡ませてくる。
「気持ち悪い…堀田」
「はい」
「え…」
パンッと腕を払うと、振り返りもせずにSPを呼ぶ。
「気持ち悪い、香水臭い、この人たちどっかやって」
「はい」
堀田と共にいた、類付きのSP数人が一斉に女性客を取り囲むと脇を抱えられる。
「なっ、何すんのよっ!!」
「触らないでっ!」
女たちはさっきまでの態度はどこにいったのかと思うほど、ギャーギャー叫びながらSPに連行されるが、類は1度たりとも振り返ることはなかった。
「うわぁ〜ほんとにラブラブなんだ〜」
一連の出来事を食い入るように見つめていたflowerfood営業部社員たちは、島崎の言葉にようやく我に帰る。
「もしかして、いつもこんな感じなの?常務と」
「えっ、う…ど、どうなんだろ?」
「いつもはもっとラブラブだよね」
類がつくしの頬にキスをしながら言うと、ほうっと女性たちからため息が漏れる。
「常務っと花沢さんって、新婚ですよね?」
新婚じゃなかったら、こんなにイチャイチャオーラを出すはずがないとでも言いたいのか。
島崎が口火を切ったことで、ハードルが低くなったのか、他の面々も話し始める。
「新婚って言えば新婚ですかね?まだ4年なので」
つくしが答えると、全員が声を揃えて驚いたような顔をする。
「「「4年っ!!??」」」
「って、2人とも大学生で!?」
「つくしが大学2年のころだからね」
「類は働きながらだったもんね」
類もつくしの同僚、しいては自分の部下にもあたる人間には、一線は引くが無視をするようなことはしない。
それだけ、類も大人になったのかと思うと、寂しいような気もする。
決して無視してほしいわけではないのだが。
「なんで…そんなに早く?」
若手の男性社員が、理解できないとでも言うように類に聞いた。
「早くしないと、また他の男がつくしのこと好きになりそうだったから」
類の言葉に、そうだったのかとつくしは顔を真っ赤にする。
それは類の考え過ぎなんだってばっ。
「あ〜でも、確かに…。花沢さんモテるわよね〜」
「ちょっ…島崎さんまで何言うんですか!?」
類が機嫌を損ねると、つくしの身体的に非常に辛いことになると、経験から分かっている。
下手に煽らないでくれと視線を送るが、島崎は見たこともないぐらい楽しそうだ。
「だって、よく営業行くとご飯誘われてるじゃない?無下にも出来なくて、どうやって断ればいいですか?って聞いてきたの誰だっけ〜」
「ふーん、そうなんだ」
つくしを抱き締める類の周りの空気が、軽く1度は下がった。
「やっぱり、専業主婦になる?」
「島崎さんの冗談だからっ!お願いっ真に受けないで!!」
振り返って類の肩をガシッと掴むと、必死に揺さぶった。
確かに、そんなこともあったけど…っ。
「ぷっ、くくっ…分かってるよ。そんなに必死にならなくても、今更辞めろなんて言わないって」
まあ、今度は目も届くしね…。
類とつくしの仲睦まじい様子に、同僚たちも自然と笑顔になる。
「あれ…そういえばつくし食べてなくない?こういうの好きじゃなかった?」
類が珍しいねと不思議そうに聞いた。
目の前に置かれている料理に、つくしが全く手を付けていないからだ。
いくら話題の中心に自分たちがいたからといって、遠慮するような女ではないはずだ。
むしろ、食事がメーンで会話そっちのけの方が、まだ納得できる。
「あ〜なんか食欲なくて…。風邪の前兆かな?サラダ食べるよ」
「風邪引いたらちゃんと栄養取って寝るのが一番、って言ってなかった?」
「そうなんだけど…。なんか胸やけがして…お腹空かないんだもん」
それを聞いていた島崎が、ピクリと反応する。
他にも何人かの女性が、つくしを見た。
「花沢さん…。もしかして…」
全員の前で話題にするようなことではないと、島崎がつくしにおいでおいでをする。
「…?」
「…最近、生理いつ来た?」
耳に手をあて内緒話をするように、小さな声で言われる。
「ええっ!?突然何ですか?」
何を言い出すのかと思いながらも、最近の予定と照らし合わせながら、あぁ滋さんのところと最終打ち合わせをしていた時だと思い出した。
あれ…?
確か、寒いねって…雪降ってきたよ、なんて話をして…。
挨拶する時、あけましておめでとうって言わなかった?
そうだ…つくし誕生日おめでとう、もう去年になっちゃったね、そんな話を滋さんとした頃だ。
それは1月の頭だ。
今は、3月の終わり…2ヶ月きてない。
「えっ、えっ、まさか…島崎さんっどうしよう!」
「つくし?なに…落ち着いて説明して」
パニックに陥ったつくしに、類はどうしたのかと心配そうにするが、そういう時女は強かった。
「ちょっと常務…すみません。花沢さんと話させてください」
島崎が席を立つと、つくしの隣に移動し、より声を潜めて話し出した。
「それでいつ?」
「…1月の頭です」
「そう…可能性は高いけど、ストレスで遅れたりすることも多いし、あなたみたいな立場の人が、こんなところでそのことを公にするわけにはいかないわよね。もう2ヶ月以上遅れているのなら、検査薬を使えば反応がすぐに出るし、病院に行ってもすぐ分かるはずよ。取り敢えず帰ったら常務に相談しなさいね」
「は、はい…」
「大丈夫よ。どちらにしても私の胸に留めておくから…」
島崎は笑うと、いつもの噂好きの女の顔から、母親の顔をして言った。
つくしも安心して、不安そうな顔を打ち消すように笑った。
もちろんその会話は類にも聞こえているはずで、つくしは恐る恐る類を振り返ると、口元を手で隠すように俯いていた。
「類?」
「ヤバイかも…」
「え?」
「嬉し過ぎる…」
表情を手で隠すようにしているが、頬が微かに赤く染まっている。
そして類の手が、優しくつくしの腹部をさする。
「まだ、分かんないよ?」
「ちょっと待ってて…」
類は席を立つと、居酒屋の店長と思われる人物に話し掛けていた。
そして堀田にも一言二言話すと、そのまま座らずにつくしを立たせる。
「では、私たちは先に失礼しますが…ここの支払いは済ませてありますので、好きなだけ注文してもらって構いません。ほら、帰るよ…つくし」
「あ、うん。皆さんごゆっくり…島崎さん、ありがとうございました」
つくしが去り際に礼を言うと、何も言わずに首を振った。
全員がご馳走様でしたと頭を下げるが、前を向いて振り向かない類の代わりにつくしが軽く頭を下げた。
店の前に付けられたリムジンに乗り込むと、類は仕切りを下ろして話し始めた。
「家に、医者呼んだから。ちゃんと調べてもらおう」
「えっ?家に!?もし…出来てたら…どうしよう。嬉しいけど…ちゃんと周りに認められるまではって思ってたのに…」
「もうみんな認めてるよ…。あとは誰に認められたいの?」
「分かんない…。とにかく、類の隣に堂々と立てるようにって、そればっかり考えてたから…」
「妊娠してるといいね…」
「そう思ってくれるの?…そうだよね、赤ちゃん出来たら嬉しいね」
つくしは、自然と腹部をさすり、まだいるかどうかも分からないのに、類によく似た男の子の顔が思い浮かんだ。
*
類が見守る中、医師が持ち込んだ超音波エコーで確認すると、すでに胎児の心拍も確認することが出来た。
もうすぐ3ヶ月に入るらしい。
「性別どっちだろ〜」
「女の人って凄いね。こうやって命が繋がっていくんだ…」
類は感心するように、エコー写真をずっと眺めている。
「うん…類だってお母さんのお腹にいたんだもんね…あ、お義母さんたちに連絡しないと!」
「喜びそうだね…。うちの親も、つくしの両親も」
「幸せにしてあげないとね…2人で」
つくしが言うと、ソファに座るつくしの手に自身の手を重ね、キュッとその手を握った。
類はゆっくりとつくしの唇にキスを落とす。
fin
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