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夢見る頃を過ぎても 番外編

夢見る頃を過ぎても 番外編



タカモトを辞めて3年、あの時すぐに東京を離れてしまって世話になった会社に最後の挨拶も出来なかった。
もちろん、人のいい社長や社員は引っ越すという理由に納得し、顔色の悪いつくしを心配もしてくれたが、あの頃は自分のことでいっぱいいっぱいだった。
周りの優しさにもちゃんと気が付いてもいなかったんだ。

つくしは、会社を辞めてからも連絡を取り続けている友人からのメールに顔を綻ばせる。

「弥生…彼氏出来たんだ…ふふ」
「前の会社の人?」

つくしがリビングのソファーで携帯を眺めてフッと笑みを漏らすと、2人分の飲み物をテーブルに置いた類が、つくしの隣に腰を掛けながら聞いた。
類はあれから、寝る間を惜しんで働きつくしを心配させることもしばしばあったが、実績が認められる形で4月からは花沢物産本社へ戻ることになっている。
この3年間、民宿は狭いから是非花沢さんのところでお世話になりなさいと、昔から変わらずの母に押し切られる形で、類の借りたマンションへ身を寄せていたつくしだったが、この3月中に類は元々住んでいた都心のマンションへと戻ることになっていて、つくしも茨城を離れることになった。
つくしが考えていた周囲の反対は全くなく類との結婚が現実のものになり、来年には籍を入れることになっている。
それはこの3年類が精力的に仕事をこなした結果だとつくしは思っているが、内助の功としてのつくしの働きは大きかったと類の両親は思っているようだった。

「うん…タカモトにいる時も、ずっと心配ばっかかけてたから…良かった」
「東京に戻れば会えるんじゃない?」
「だね!楽しみ〜」

会っていなかった10年を取り戻すように、この3年間は色々な話をした。
類の元々持っている強さも、初めて知った弱さも受け入れてやっと一緒にいる日常が当たり前になった。



引っ越す際も嬉し涙を浮かべていた母を思い出しながら、段ボールを片付けていく。
取り敢えずは、寝る部屋とキッチンを先に終わらせて、類は書斎をつくしは自室とリビングの段ボールを開けていった。

実家から持って来た数少ないアルバムを片付けていると、昔使っていた手帳からヒラリと一枚の写真が落ちる。

「あ、これ…懐かしい…元気にしてるかな…」
「誰?この男…」
「ひゃぁっ!ビッ…クリしたなぁ、もう〜類、急に後ろに立たないでってば」

つくしが写真を手に物思いに耽っていると、類がパッとつくしの手から写真を取り上げて不機嫌そうに言う。

「で、誰?」

急激に低下した類の機嫌をどうするかと思案しながら、そういえばと思い出す。
つくしの初めては類であると知っているからか、自分も聞かれて疾しいことがあるからかは分からないが、類は10年間の恋愛的な人付き合いをつくしに聞いてきたりはしなかった。
普通は互いの過去について詮索はしないものだと思う。
しかし、類の嫉妬深さから言うとそれは当てはまらないような気がしていたのだが、何もないと思われていただけだろうか。

何もない…けど…
好きになれるかな…って思ったんだよねーーー

写真の中の自分に笑顔はなく特別楽しそうにしているわけではないが、ケーキを囲んで恥ずかしそうに写る自分の姿があった。
隣に写る、人懐っこそうな笑みを浮かべた男性は、決して明るくはないつくしをいつも楽しませるように話をしてくれていた。

「タカモトで働いてた時の、取引先の人だよ」

つくしの表情に何かを感じ取ったのか、類はいつもなら相槌程度で済ます話を掘り下げるように問う。

「取引先の人と何で写真撮ったの?しかも、これ会社じゃないよね」
「え、あ…うん……でも、類が思うようなことは何もないよ?」
「なら、教えて?」
「篠宮くんって言うんだけどね…一緒に仕事する機会が多くて、何度か打ち合わせを兼ねたランチしたことがあってね…これは、たまたま年末に……」



「年末なのにどこも混んでんな〜牧野さんごめん、ここでいい?」

混雑する駅前のビルのレストラン階はどこも長蛇の列で、篠宮が渋々といった表情で申し訳なさそうに指差したのはファミレスだった。
いつも打ち合わせを兼ねた食事にはそこそこいいお値段のレストランを選んでいた篠宮にしては珍しいとは思うが、ファミレスの方が時間を気にしなくてもいいし、庶民感覚のつくしからすればドリンクバーも魅力的だった。

「寧ろ、ファミレスの方が好きなので…」
「ははっ、牧野さんはそう言うかなとも思ってた…」

篠宮と共に席に案内されると、つくしはそうだ、とバッグの中から携帯を取り出した。
店員にすみませんと声を掛けると、携帯画面を見せて話をする。

「なに?どうかした?」
「あたし…実は今日誕生日なんですよね…で、ここ誕生日サービスにケーキとドリンクバー無料券付いてて、今頼んだんです…ってすみません!仕事で来てるのにっ!」

つくしはしまったと顔を赤くして手のひらで口を覆う。
いくら篠宮とは何度も会っているとはいえ、仕事相手なのだから誕生日云々など言うべきではなかったと思い直す。

「いや、俺は牧野さんの誕生日知れて嬉しいけど?ねえ、ここに誕生日の方限定写真サービスって書いてあるよ?せっかくだから頼もうよ」

篠宮は気にしていないという風に、ケーキが運ばれてきたタイミングで本当に写真を頼んだ。
ケーキを真ん中にし、顔を寄せると店員の掛け声でシャッターが切られた。

「牧野さん…じゃなくて、つくしって呼んでいい?はは、でも…恥ずかしいな、改めてそう呼ぶと。ま、誕生日おめでとう」
「篠宮くん…ありがとう」

何故か気を利かせた店員は、本当は一枚だけなんですけど…と写真を2人分こっそり用意してくれていて、カップルでもないのにねと驚いたことが懐かしい。

篠宮さんから篠宮くんへ、牧野さんからつくしへ。
互いの呼び方が変わった日でもあったーーー

恋人とは言えない付き合いであったが、あまり表情を変えないつくしを心配し食事に誘ってくれたり、半ば無理やりとも言える篠宮の誘いであったが休日に出掛けたりもした。
それは、篠宮が異動になるまでの2年程度であったのだが、類のことをあまり思い出さなくて済んだのは、偏に篠宮がそばにいてくれたからだとつくしは思っている。



「それだけだよ…ね、大したことない話だったでしょ?」

嘘には、自分を守るための嘘と、相手を想うからこそ吐く嘘がある。
きっと、これは言わなくてもいいことだから、と呼び方云々については言わずつくしは篠宮の話を終わりにした。
勘のいい類は何か思うところはあったようだが、そうとだけ言うと気が付かないフリでソファーに腰掛ける。

つくしの新しくした携帯に家族と弥生以外で、初めて登録したのが篠宮だった。
懐かしい友人たちとも連絡を取らなかったつくしにとって、敬語を使わずに話をするようになったのは、弥生が最初で2番目が篠宮だ。

「類…?」

類はつくしをソファーの上で後ろから足の間で挟むように抱き締めると、逃れられないように腕を前で組んだ。
つくしの首筋にチュッと口付けを落とし、シャツの隙間から柔らかい膨らみに触れる。

「ん…っ、な、に…急に…」
「何もないって分かってても…嫉妬する……。ね、もしかして、キスぐらいはされた?」
「………」

敢えて話さないことは出来ても、完全に信じ込ませるのはやはり無理だったようで、つくしは気まずそうに類から視線を反らす。
無言の肯定とも言えるつくしの態度に、類はソファーにつくしを押し倒すと噛み付くように唇を重ねた。

「んっ…ぁ、ふっ…ぅ…」

類の舌がヌルリと口内に入り込む。
この3年で慣らされた身体は、キスだけで簡単に陥落してしまう。
息も絶え絶えに類のシャツを震える手でギュッと掴むと、快楽から浮かんだ涙が目尻からこぼれ落ちる。

「つくしは感じやすいのに…他の男にこんな顔見せたの?」

つくしが感じやすいと言っている時点で、類と身体の関係にあった他の女性と比べられているような気がしてきて、仕方のないことだとは分かっていても、何となく面白くはない。

「類だって…他の人を同じように触ったんでしょ…?」
「他の女のことなんて覚えてないよ…俺の頭の中、つくししかいない」
「じゃあ、あたしの頭の中にも…類しかいないって知ってよ」

つくしが類の嫉妬に拗ねて唇を尖らせると、啄むように類の唇がチュッと降りてきた。

「ごめん…続き、する?」

返事の代わりに、つくしは類の首に腕を回した。



つくしは3年ぶりに懐かしい職場近くへと足を運んでいた。
あの頃散々良くしてもらったにも関わらず、類の婚約という出来事に平常心ではいられず退職願だけを送るという非礼を働いてしまったことを、いつか詫びることが出来たらと思っていた。
弥生に会うのを、敢えて平日のランチ時にしたのはその為だ。

つくしが会社から少しだけ離れた場所で弥生を待っていると、12時ぴったりに引き戸が開き弥生の行ってきますという声が聞こえる。
すると、軽く手を振るつくしにすぐに気が付き走り寄って来た。

「つくしっ!久しぶり〜!うわぁ〜変われば変わるもんねぇ〜?綺麗になっちゃって!」

綺麗になった云々については自分ではよく分からないが、類と生活する中で変わっていったことは確かだ。
弥生と過ごしている時間、きっと下を向いてばかりでどれほど心配をかけたことだろう。

「弥生…ごめんね…あたし…」
「ほんとよっ!でもあんたのごめんはもういいわ…散々メールで見たし。ね、時間があったらランチの後会社寄って行かない?社長も奥さんも心配してたんだから…」

つくしが言いだす前に弥生から言われ、変わらない相変わらずの心遣いに安堵する。
さすがに自分から言うのはもうとっくに辞めた社員として気がひけるため、どうしようかと思っていたところだった。
2人は近況を話しながら、働いていた頃からよく足を運んでいた定食屋の暖簾をくぐると、懐かしい温もりのある木の椅子に腰掛ける。

「相変わらず美味しいね〜この店」

つくしがふふっと笑みを浮かべながら、好物の鯖の味噌煮定食を口に運んでいると、弥生が驚きのあまり目を見開いてつくしを見た。
視線を感じてつくしが顔を上げると、弥生が目に涙を浮かべている。

「や、弥生…?どうかした?」
「ごめ…私、つくしの笑った顔って初めて見たから…さ。そっか…そうだよね…良かった〜」
「弥生…本当にごめんね…心配ばっかりかけて」

共に過ごした長い間、つくしは本当の笑顔を誰かに見せることなどなかった。
笑って過ごしていられるほど幸せだと思うこともなかったからだ。
でも、振り返ればこんなにも心配してくれる友がいたこと、それに気付かずに過ごしてきたことが悔やまれる。
つくしが涙ぐみそうになるのを我慢するように眉を寄せると、弥生が向かいに座るつくしの眉間を指で弾いた。

「こら、つくしのそういう顔はよく見てたんだよ?だから笑ってて?凄く新鮮〜やっぱり愛する人と一緒にいると女は変わるんだねぇ」

弥生がしんみりしかけた空気を変えるように、つくしを茶化す。

「あ、愛する人って…もう食べようよっ…お昼休みなくなっちゃうよ?」

赤らんだ頬を誤魔化し食べることに集中すると、弥生も嬉しそうに時折話をしながら食事を終える。
店内が混み合ってきたことで早々に店を出たが、弥生の最近出来たばかりだという彼氏の話や仕事の話をしながら会社までの道をゆっくりと歩いた。


ランチタイムも終わる頃、社長夫妻の予定を確認するために弥生が先に戻った。
つくしは何をするでもなく会社の前で時間を潰していると、会社の前にスーツ姿の類が現れる。

「あれ…類っ?どうしたの?今日は本社に挨拶に行くって言ってなかった?」
「ん…?もう終わったよ…つくしが昔お世話になった会社に挨拶でもしておこうかなってね…寄るつもりだったんでしょ?」
「う、うん…でも2人で挨拶っていうのも…おかしくない?」

つくしはタカモトに10年近く勤めたが、花沢とは子会社を含めても取引はなかったはずだ。
社長夫妻と会ったこともない類と一緒に行くのはどうなのだろうと首を傾げる。

「いや、半分は仕事かな。つくしがいればスムーズにことも運びそうだしね」
「仕事?」
「うん…悪い話じゃないよ?」

2人が会社の前で話をしていると、弥生が引き戸を開けて出てくるところだった。
いるはずのない類に、弥生が一瞬驚いた顔を見せるが、なぜか納得したようにうんうんと頷いた。

「つくし…社長に聞いたら花沢さんと打ち合わせがあるから、少しだけ待っててって言ってたけど…花沢さん、前に一度お目にかかりました…ご無沙汰しております」
「ああ、やっぱりあの時の人…つくしの友達…でしょ?あと、仕事の話で社長にアポ取ったけど、つくしも一緒でいいから」

2人は会ったことがあったかと不思議に思っていたつくしだったが、そういえばつくしの居場所を探しに会社を訪ねたと類は言っていた。
もしかしたらその時に対応したのが弥生だったのかもしれない。
弥生は類の言葉に頷いて、どうぞとドアを開けた。
ドアを開けると懐かしい匂いがする…この場所で働いていた頃は感じなかった匂いが、この3年離れていたことで思い出された。

弥生が社長室のドアをノックすると中からはいと少し緊張しているような声がする。
それはそうだろう、つくしの父によく似た人のいい社長だが、突然大企業の役員から直接アポを取られるような立場にはない。
弥生がドアを開け類たちを中に通すと、社長は類の隣につくしがいることに驚いた顔をするが、類が挨拶を交えつくしは自分の婚約者であることを告げるともっと驚いた顔をして、2人におめでとうございますと声をかけた。
応接室に案内され布張りのソファーに腰掛けると、弥生が3人分のお茶を運びテーブルに置いた。
弥生が社長室のドアから出るのを待って、社長は口を開く。

「花沢専務…失礼ですが、もしかしてうちと取引をという話は、牧野さんがうちで働いていたからですか?」

社長はいつもとは異なる厳しい顔を類に向ける。
タカモトは社長の文房具好きが高じて興した会社というだけあって、自分の作る物に相当の自信を持っているのだろう。
いくら大企業が取引したいと言ってきたとしても、社長は愛情込めて作った文房具が自分の思うような扱われ方をされない場合、どんないい話でも断るようなそんな一面を持つ男だった。

「それがないと言えば嘘になります。でもいくら婚約者が働いていた職場とはいえ、自分の会社の利益にならないような取引はしません。それに…つくしが10年も働いていた会社っていうだけで、私にとっては信用に足るんです…信じていただけないかもしれませんが。曲がったことが嫌いで自分の思う道を突き進む…そんな彼女が楽しかったという職場だから、取引させていただきたい、それでは理由になりませんか?」
「いえ、こちらこそ失礼なことを申し上げました。そうですね…牧野さんは表情は少なかったが、自分のアイデアが物にならなくても気持ちを切り替えて腐ることなく必死に新しい物を作ってくれました。周りの社員も牧野さんに影響されて、うちのプレゼンは大いに盛り上がるんですよ…なんだか懐かしいね」

社長が懐かしそうに目を細めて言うと、つくしも目を合わせてコクリと頷いた。

「ここからは仕事の話になるのですが……」

つくしは類が話す仕事の内容を目を丸くして聞き入っていた。
花沢物産が新しく作るデパートの一角に、本屋と文房具屋を併設したカフェを入れるらしい。
そこに卸す商品の一部をタカモトで作った文房具にしたいという話だった。
ゆくゆくは既存の全国にある花沢系列のデパートの中にも、同じように本と文房具を置いたカフェを増やしていくつもりだと言う。
タカモトのような中小企業にとってはまたとないいい話だと言える。

「もちろん、売れない商品は置くことが出来ませんから、商品は厳選していただくことになりますが…高本社長が自信を持って売れるという物を卸して頂けますか?」
「それは…商品はうちに任せていただけるということですか?」
「ええ、ただカフェと併設ですから、お互いに意見を出し合って決めていきたいと思っております」

類は社長と幾つか契約事項の説明を簡単にすると、社長も頷きながら真剣に耳を傾けている。
どうやら、この取引はうまくいきそうだとつくしはホッと胸を撫で下ろした。
類がテーブルに並べた資料をビジネスバッグにしまうタイミングで、つくしが口を開く。

「社長…3年前は突然挨拶もなしに退職する形になってしまい…申し訳ありませんでした」

つくしが立ち上がって頭を下げると、社長は仕事人としての顔を捨て家族に向けるような柔らかい微笑みを浮かべた。

「牧野さんが…何かに悩んでいることは知っていたよ。出来ればここで働く間になんとかしてあげたいとも思っていたが…助けになってあげられなくてごめんね。でも今はいい顔してるね…花沢専務のおかげなのかな…?」
「はい…あたしにとってなくてはならない大切な人です。社長に会っていただけて良かった…」
「僕も会えて良かった…みんな君がここに来てるって知ってソワソワしてるんじゃないかな?顔見せてあげてくれないか?」
「はい!是非」

つくしは類に目配せすると、社長に会釈をし社長室を出る。
類はまだ社長と話すことがあるのか、つくしに先に行っててと言うと、テーブルを挟んでまた話し始める。

「つくし!社長と話せたの?ちょっとこっち来て!ものすっごい懐かしい人が今来てるんだよ!」

弥生が社長室から出てきたつくしを引き摺りながら手を引き会議室へ連れて行く。
会議室と言ってもきちんとした部屋ではなく、ついたてで区切られキャスター付きの椅子とテーブルが置かれた簡素な一角で、タカモトで働く社員たちは皆ここを会議室と呼んでいるのである。

「懐かしい人…?」

弥生の言葉に不審気に首を傾げると、会議室からつくしを見て笑う2つの目に覚えがあり、つくしは今日何度目かの驚いた様子で口元に手をあてた。

「つくし!…ってここじゃ牧野さん、じゃないとマズイか?久しぶりだな」
「し、篠宮くん…?誰かと思った…ビックリ…いつ帰って来たの?」

何年ぶりだろう、つくしの目の前に立つ男は昔の面影をそのまま残しながらも、頼り甲斐のありそうな大人の男へと変わっていた。

「去年かな…?ここには相変わらずしょっちゅう来てるんだ。今はあの頃の俺らと同じくらいの年の新人くんが担当してくれてるよ」
「そうなんだ〜新人くん虐めないでね?ふふっ」
「俺がそんなことするはずないだろ?っていうか、つくし変わったな…太った?」
「なっ、失礼な!太ってません!そこは可愛くなったとか、綺麗になったとかいいようがあるでしょ?」

離れていた時間がなかったかのように、言葉がスラスラと出てくる。
あの頃本当の自分を見せられなかった分、心配をさせていたことを謝るかのようにつくしは笑顔を見せた。
篠宮が言いたいことがつくしには分かっていたから。

「良かったよ…つくしが、元気そうで…あーあ、俺がそんな幸せそうな顔させる予定だったのになぁ、異動だったもんな」
「はいはい、気持ちだけ受け取っておきます…」
「俺も彼女作るかなぁ」

ついたてだけで仕切られた会議室のため、ついたての反対側から篠宮を揶揄うような声が飛ぶ。

「篠宮さんが牧野さんに振られたぞ」
「俺誰か紹介しましょうか〜?」

つくしは苦笑しながらも心地良い空気に包まれていた。

「つくし…誰?」

篠宮と穏やかな笑いに包まれる中、いつの間に話が終わっていたのか類がつくしの後ろに立ち冷ややかな目を篠宮に向けていた。
笑顔のない類に、篠宮はビクリと肩を震わせると何か悪いことをしたかとつくしに目を向ける。
類はそれすらも気に食わなかったようで、つくしに対して打って変わったように笑顔を向けた。

「誰?つくしがお世話になった人なら挨拶したいんだけど?」
「あ、類…ごめんね。こちら篠宮さん…え、と…ここで働いていた時の取引先の方なの。こちらは花沢物産の…」

つくしが紹介すると、互いに懐から名刺を取り出す。
類はつくしが持っていた写真を見ていた為、目の前にいる篠宮が写真の男であると分かっているはずだ。
何故不機嫌になるのか、その理由が分かるだけに嬉しいような複雑な気分になるのだが、低下の一途を辿る類の機嫌を浮上させるのは大変だ。

「ふうん、どうも婚約者がお世話になったようで」
「は、初めまして…あの私日本堂の篠宮と申します…あの御社とはうちも取引させていただいて…大変お世話になっております」

名刺交換を済ませると、篠宮は類の肩書きに驚いた顔をしつつも丁寧に頭を下げた。

「あ、あの…類?篠宮くんとは何もないから、ね?」
「へえ、つくしって名前で呼ばれてるのに?」

こんな場所で何を言い出すのだこの男は…と拗ねると精神年齢が低下する類を刺激しない程度に睨みつつ話を反らす。

「そ…そろそろ帰ろっか?」

つくしが帰ろうと類の顔を見上げて言うと、類はわざとらしくつくし腰に腕を回し身体を引き寄せ、狙ったかのように額に唇を落とした。
篠宮は目の前で繰り広げられるカップルのイチャつきっぷりに、顔を赤くしながら目を反らす。
きっとそれには、悔しさも滲み出ていたからかもしれないが、類はしてやったりと言った様子でフッと笑った。

まったく、もうーーー

たまに子どもみたいに、つくしからの愛情がまだ自分にあるかを確かめるようなことをするのは、離れていた10年の反動なのか。
多分信じられないということはないのだろうが、類を不安にさせているのかもしれないと思うと、つくし自身も苦しくなる。

「るーい、何度も言うけど…あたしの初恋もこの先ずっと想い続ける人も…類しかいないから、ね?」

つくしの言葉にやっと穏やかな笑みを見せる類につくしはホッと息を吐くと、類の肩口に頭を乗せた。

「ラブラブだなぁ…」

篠宮がボソリと漏らすと、つくしはハッと周りを見渡す。
ついたての反対側からも何事かと社員たちが顔を覗かせ、篠宮と同様に人目を憚らず身体を寄せ合うつくしたちを見ていた。

「うひゃぁっ!も、も、も…類帰ろうっ!篠宮くん、じゃあ!」

つくしはあまりの恥ずかしさに類の手を引き会議室を出ようとするが、篠宮がそれを引き止めた。

「つく…牧野さんっ!」

類だけは敵意丸出しといった風に篠宮へ視線を向けるが、篠宮は大して気にしていないようで言葉を続ける。

「お幸せに!花沢さんも!」

つくしは今出来る精一杯の笑顔で篠宮に笑顔を向ける。

「ありがとう!篠宮さんもね」



挨拶もそこそこにタカモトを出て、落ち着きを取り戻したつくしが類と手を繋ぎ車を停めた場所までの道のりをゆったりと歩く。
どんなに忙しくても、類は離れていた時間を埋めるようにつくしと過ごすことを大事にしてくれる。
つくしも類と過ごすこのゆったりとした時間が好きで、この3年車に乗るよりも散歩しながら家に帰ることの方が多かったかもしれない。

「つくしはさ…もしかして、あいつと歩む未来もあったのかな…」

類が前を向き歩きながらポツリと漏らす。
確かに…もしかしたらと考えることもあった、あの時あの場所で類と出会わなかったら自分の未来はどのように変わったのかと。
それでも、今言えることはーーー

「ないよ…だって、あたしたち出会ったじゃない」


つくしは話の種にと持ってきていた昔の手帳から写真を取り出すと、近くのゴミ箱へと破り捨てた。



fin


番外編くらいはラブラブにしようかとも思いましたが、本編があんなんなのに類くんが突然エロ専務に変身したら違う人みたい…と思い直し…やっぱりちょっと弱っちい類くんにしてみました。
今後はこのブログの更新頻度も少なくなると思いますが、閉鎖はしませんのでたまに遊びに来てくださいね〜(o^^o)
近況教えて、どうしてるの?っていうコメントも嬉しいです♬
オリジナルはこのブログでは更新しません、二次とはペンネームも変えて書いていきます。
どこで…がまだ決まってないので、今色々二次作家仲間に聞いたりして悩み中です。
こっそりどこかで活動しますw

ではまた、どこかで。

オダワラアキ



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テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

夢見る頃を過ぎても 21〜24最終話

夢見る頃を過ぎても 21



類は特に感慨深い思いもなく、自身の荷物を段ボールへと詰めていく。
どうせすぐに解任されるのだから、この場所で特にすることもないだろう。
それに、元々飾りだけの役員だった自分には仕事用の荷物など特にはない。
父の付き添いでの顔つなぎが主な仕事だった。
いつか父の仕事を継がなければならないと分かっていても、彼女がそばにいなければ朝目覚めることすら苦痛で、仕事にかける情熱なんてないに等しい。
まだ、つくしが失踪したばかりの頃は必ず戻って来てくれると信じていたし、ならば自分のやるべきことはしっかりと前を向いて生きていくことだと考えることが出来た。
しかし、徐々に自分を見失いつくしの結婚でただ1つの望みすら失くなり絶望したのだとしても、すぐに調べてさえいれば誤解であることも分かったはずなのに、それをしなかったのはとっくに全てを諦めていたからではないか。

自身の醜態にもう笑うしかない。
しかし自嘲的な笑みは頬を伝う涙にかき消された。

「っ、…ま、きの…ごめん…、ごめん…っ」

もしかしたら試されていたのかもしれないとも思う。
司はつくしがいなくとも前を向いて生きていた、彼女に再会した時も相変わらず自信に溢れた表情で、つくしが惚れた道明寺司そのままだった。
それに比べて自分はどうだろう…こんなにも弱い。
この10年泣いたことなど1度もなかったのに、自分の犯した罪や後悔が類の肩に重くのしかかり、堰を切ったように溢れ出した涙は止まることなく流れ落ちる。

それでも…許してもらえなくとも…もう手放せないんだーーー



聡には邸へと言われていたが、類にはどうしても寄りたい場所があった。
母の話も気になるところであるが、兎に角つくしに会いたかった。
酷いことばかりしてごめんとか、本当は好きで好きで仕方がなかったとか言いたいことはたくさんある。
真面目なつくしのことだ、携帯が繋がらなくとも仕事には行っているだろうとタカモトを訪ねるつもりだった。

「田村…この荷物邸に送る手配しておいて」
「かしこまりました…」

類は部屋を出て秘書にそう言い置くと、名残も惜しむこともなく会社を後にした。
田村が何か言いたげな顔をしていたが、そもそも自分はこの地位にいていい立場じゃない。
これから10年かけて失ったものを1から取り戻さなければならない。



類はタカモトへ連絡しようとしたが、迷った末に携帯をスーツの胸ポケットにしまった。
繋がらないつくしの携帯のことを考えると、もしかしたら、もう会いたくないのかもしれないと嫌な考えばかり頭を過る。

それならば、直接会社に行って格好悪く弁明なり言い訳なりをした方がいいと、タカモトへと足を向けた。

40坪ほどの土地に一軒家のようなビルが建っている。
ここに来る前に調べたが、タカモトは花沢とは取引もない中小企業でつくしはそこの開発企画の仕事をしていたようだ。
入り口でインターフォンを押すと、中から直接大きな声で返事が聞こえる。
その元気の良さは昔のつくしのようだと、類は懐かしく思った。

「はい、お待たせしました…あっ!は、なざわさん…?」

ガラスの引き戸を開けた女性は、類を見て驚いたように名前を呼ぶ。
婚約報道で類の顔も名前も速報で出ていたのだから、知っていてもおかしくはないが、それにしては様子がおかしい。
何の用で…というより、女性の方が類に対して話したいことがありそうだった。

「お忙しいところ恐れ入りますが…こちらに牧野つくしさん、いらっしゃいますか…?」
「あ、つく…牧野は先週末で退職しました…え、と…多分…あなたのせい…だと思います」

女性は中にいる社員たちに聞かれる恐れがあると踏んだのか、自分も外に出るとガラス戸をキッチリと閉めた。
自分たちの事情も知っていそうで、つくしがやたらと類との関係を吹聴するとは思えないから、相当つくしとは仲が良かったのだろう。

「俺のせい…そっか…」

どこかでつくしがまたいなくなるかもしれないと想像していた気もする。
自分の酷い行いがそこまでつくしを追い込み傷付けてしまったのだと知れば、このままつくしをそっとしておくことが彼女を幸せにする方法かもしれないが、もう出来ない…つくしのいない人生を1人で歩んでいくことはもう無理なんだ。

「つくしの居場所は私にも分かりません。そんなことする子じゃないのに…あなたの婚約の速報が流れた後会社に来なくなって…数日後に退職願が送られてきました」
「そう…」

類は先を急ぐように女性に背を向けた。

「あのっ!」
「なに?」
「つくしのこと…ちゃんと幸せにしてあげてください…」
「うん…必ず…」


***

夢見る頃を過ぎても 22



「解任おめでとう、類」
「それは嫌味ですか…?」

邸へ戻ると、母親である美和子が玄関で待っていた。
使用人が誰1人として出迎えに来ていないことから、美和子が人払したのだろうと考えられる。

「お父様から電話があったわ。類が珍しく話したいことがあるそうだって…リビングに行きましょうか…」

言葉を交わすのはどれぐらいぶりだろう、何故か楽しそうな美和子に続いて類もリビングへ入る。
少しも空腹など感じなかったが、美和子は軽食を頼むと類がイライラとするのを余所に、ゆったりと口を開く。

「類…花沢の仕事に興味は持てない?」
「興味のあるなしで考えたことはありません…それよりも…」
「牧野さんのことでしょ?本当にあなた…牧野さんのことになると性格が変わるのね。初めて見たわ、そんなに慌ててる姿」

使用人がワゴンに乗せた軽食とデザートを運び、慣れた手付きでテーブルにセッティングしていく。
早くしてくれと怒鳴りたくなる思いを堪えて、運ばれて来たばかりの紅茶を口に含み落ち着かせるように小さく息を吐いた。

「牧野さんとも…もう10年以上の付き合いになるのよ…」

美和子がケーキにフォークを入れながら、話し始める。
類は口を挟むことなく美和子の話に聞き入った。

「類が大学3年の頃かしら、あなたが牧野さんに対して特別な想いを抱いていることを報告を受けて知っていたし…お節介だと分かっていても…何か力になれることはないかと、つい牧野さんのお宅を訪ねたことがあったの…」

それは、つくしが類の前から消えた時期と被る。
その時期に美和子がつくしを訪ねていたとは思いもしなかった。
しかし、SPに類の恋愛事情まで報告をさせていたのかと思うと、美和子も一応は類のことを気にかけていたのかもしれないが、やめてくれというのが正直な思いだ。

「あの日訪ねて本当に良かったと思わない日はないわ。大きなボストンバッグを持って、家を出るところだったのよ…様子がおかしくて何とか事情を聞けないかと、食事に誘ったわ…そこで色々な話をしたわね…殆どが類のことだったけれど…」
「俺の…?」
「ええ…それで、牧野さんにはあることをお願いしたのだけれど…予想通りというか、あなたどんどんダメな男になっていくし…」
「ちょっと待って…どういうこと…?」

前後の話が繋がらず、類は敬語で話すことも忘れて美和子の言葉を切った。

「牧野さんはとてもいいお嬢さんだと思うわ…でもね、女1人のことで私生活も仕事もボロボロになるようじゃ、とてもじゃないけど企業のトップにはなれない。だからどうせ類から逃げるなら、万が一どこかで再会した時に諦めがつくように結婚していることにしてくれって頼んだのよ…あなたしつこそうだしね。彼女も一生会うつもりはないからそれでいいと言っていたし。でも、あなたがその専務という地位の責任をきちんと果たせているようなら、居場所を教えてあげようと思ってたわ」

自分がつくしを既婚者だと勘違いしたのは美和子が原因だったのかと思うと、はらわたが煮えくりかえる思いだが、それもまた自身の不徳の致すところであったのだろう。
現に司は牧野の存在がなくとも、自身の手で財閥の実権を握り始めているのだから。
美和子は軽く息を吐いて、言葉を続けた。

「でも…正直今のあなたなら…司くんと一緒になる方が牧野さんも幸せなんじゃないかしら…?我が息子ながら情けないったらないわね」
「自覚してます…でも、もう司には返せないんだ」

親に与えられた仕事すら満足にこなせずに、結局は解任されることになった。
子会社の取締役ってところが、今の自分にはちょうどいいのかもしれないが、そういえばどこに行くことになるのかも聞かなかったなと、自分がどれほど父の前で冷静にいられなかったかを知る。

「牧野さんが今のあなたを受け入れるかどうかは知らないけれど、あとは彼女と話し合いなさい」
「分かってます…今度こそ捕まえる」
「ええ、それがいいわね…牧野さんご実家に戻られたそうよ。タカモトも私が紹介したんだけれど、辞めることになって申し訳ないと言っていたわ」

次々と出てくる、美和子とつくしの繋がりに、類は正直驚きを隠せない。
美和子は類に頑張りなさいと声を掛けると、思い出したかのように付け加えた。

「類…あなたは来週から花沢不動産の本社勤務よ。ただ…しばらくはショッピングモール建設のために茨城支社につめてもらうことになるってお父様が言ってたわよ。そういえば、牧野さんのご実家も茨城ですものね」
「父さんが…?」

美和子が笑みを浮かべて話す内容は、不器用な父親の類に対しての精一杯の愛情であったのかもしれない。

俺は、きっと恵まれているんだろうなーーー


***

夢見る頃を過ぎても 23


つくしの実家の場所を調べて、邸から4時間車を走らせる。
運転手付きで行く気が起きなくて、何度か大学の頃につくしを乗せて走ったこともあるスポーツカーの新しいモデルを久し振りに車庫から出した。

もしかしたら許してはもらえないかもしれない。
運転しているとネガティブな感情ばかりが頭を過るが、それでも会いたいと思う気持ちの方がはるかに勝る。

海沿いに車を走らせて行くと、小さな民宿を営んでいる建物が見える。
つくしが1人家を出てからは、両親も弟も引越し家族で民宿を手伝っているということだった。
類は民宿の駐車場に車を停めて、コンクリートが所々剝がれ落ち古めかしい建物を見上げた。
鍵のかかっていないガラスの引き戸を開け中に声を掛けようとすると、懐かしい声が奥から響いた。

「はーい」
「ご無沙汰しております…」
「は、花沢さんっ!?あらあらあらっ!まぁ〜っ!ちょっと、つくし〜!つくし〜!!」

相変わらずの千恵子の様子に、類も懐かしさを覚え笑みを浮かべる。
ほら、つくしに関わればいつだって自分は普通に笑えるんだ。

「お母さんっ!煩いよ!他のお客さんに迷惑でしょ!」
「仕方ないじゃない…お母さん、久し振りに会ったんだもの」
「はぁ?何言って……」

千恵子の視線を受けて顔を上げたつくしは玄関に立つ類に初めて気が付き、言葉を詰まらせる。

「類…」
「花沢さんっ!汚いところですが、積もる話もあるでしょうからどうぞお上りになって!さあさあ」
「お母さんいいよっ!あたしちょっと出てくるから…行こう類…」

千恵子は類の腕を引き何とか中へと促していたが、つくしに背中をグイグイと押され類は民宿を後にした。
類はつくしの背中を追うように後に続く、前を向いたままのつくしがポツリと独り言のように呟いた。

「風邪…引かなかった…?」
「え…?」

つくしが何のことを言っているか分からずに類が聞き返すと、つくしはバツの悪そうな顔で振り向いた。

「あ、そうだよね…もう2週間も前だもん…移ってたって治るか…」

つくしの自嘲的な呟きを聞いて、ホテルで熱が出たつくしがタクシーに乗って帰って行ったことを思い出す。

「大丈夫…風邪そんな引かないから」

あんなにも酷いことばかりしたのに、類の身体の心配をするつくしに胸が痛く苦しくなる。
ふと、つくしの左手を見れば薬指にはやはり指輪が嵌められていて、謝らなければと思うのに何から話せばいいかも分からずに言葉が出てこない。

「きょ、今日はど、うしたの…あ、婚約…ニュース見たよ…」

つくしはキョドキョドと視線を彷徨わせ、落ち着きなく腕を摩る。
それはそうだろう、もう二度と会うつもりもなかった男が目の前にいるのだから。
怖がらせてはいないかと、類もつくしと適度な距離を置いていたが、今にもつくしが走って逃げてしまいそうなほど儚くて、とっさに腕を掴み抱き寄せる。

「……っ」
「ごめん…」
「な、にが…?」

抱き締めたつくしの声は少し震えていて、自分のしたことの罪の重さを実感する。

「会えて嬉しかった…なのに、酷いことばかりして、ごめん。俺は今でも牧野が好きだよ。自分の不甲斐なさを…勝手に裏切られたと思って牧野のせいにしてたんだ…本当にごめんな」
「あ、あたしは…」

つくしが自身の指輪にチラリと視線を向けたのを見逃さずに、言葉をかぶせるように類は言った。

「母さんから聞いた。俺と会うのはもう嫌?顔も見たくない?そう思われても仕方ないとは思うけど…」
「婚約者の人、は…?」

類は腕を弱めることなく、胸の中につくしを抱き締めたまま離さない。
それはもう逃がさないという類の決意のようでもあった。
つくしが震える声で婚約者のことを口にした時、類の中で小さな期待が芽生える。

俺の婚約のこと気にしてくれるの?

「婚約は解消したよ…それで、暫くはこっちで仕事することになった」
「え…?どうして…?」

都心の一等地にある花沢物産本社からどうしてわざわざこんな田舎に来る必要があるのかと、つくしは首を傾げる。

「情けないけど…今までまともに仕事して来なかったツケが回ってきたってところかな。自業自得だよ…」
「類…あたし…」
「うん…」
「もう…いいかな…?我儘言ってもいいのかな…」

つくしの目からは涙が溢れ出す。
ずっと、胸の奥に押し留めていた気持ちは、互いに10年という長い月日をかけても風化することはなかった。


***

夢見る頃を過ぎても  24R最終話



「…俺は…ちゃんと聞きたいよ…」
「会いたくなんか、なかったの…」
「うん…」

つくしの会いたくないという言葉に切なくなりながらも、類は先を促した。
沈黙が続き、波の音が妙に大きく耳に届く。
抱き締める類の腕を解いて、つくしは類の目を見つめて言った。

「会ったら…また、忘れられなくなるのが分かってたから。類が結婚したらちゃんとおめでとうって言おうと思ってたのに…婚約のニュース見ただけで、別れればいいのにとか嫌なことばっかり考えちゃって…そんな自分が嫌いで…類に幸せになってほしいのに…ど、してその隣にいるのが、あたしじゃないのって…っ」

真っ赤になったつくしの顔を優しく包むと、類はそっと目尻にキスを落とした。

「俺はあんたが結婚してるって思って、ずっと同じ気持ちだったよ…自分だけがずっと好きでいたんだって辛かった」
「類…ごめ…っ、んん…」

真っ赤になった顔が可愛くて、堪らずに唇を塞げばさらに真っ赤に頬を染めて類のシャツをギュッと掴む。

「不謹慎だって分かってるけど…あんたのこと、今すぐ抱きたい」



車を走らせて見つけた近場のホテルに入ると、フロントで部屋を取りつくしの手を引いてエレベーターに乗り込んだ。
つくしが緊張からか室内を物珍しそうに見つめ、どうしていいのかも分からずに立ち竦む。

「こっち…」

類は服を脱ぐのも、シャワーを浴びることももどかしく、つくしの手を引いてダブルベッドに寝かせると、深く唇を塞ぐ。
角度を変えて味わうようにつくしの舌と絡める。

「ふぅ…っん…はぁ…る、い…待って…」
「なに?止めてって言われたら…俺泣くかも」
「へっ…?ち、違くて…あ、のね…」
「うん…」

つくしが話す間も服の間から手を入れて肌を露わにしていく。
1枚2枚と脱がされ、あっという間に互いに裸になった。

「あたし…類が初めて、だから…」
「え…?」
「だ、だから…こういうこと…類としかしたことないから…」

つくしの言葉に類はハッと何かに気が付いたように口元を手で覆い、複雑そうな表情を浮かべる。
自分が無理やりに犯したあの日が、つくしにとっての初めてだったのだと知った。
あの時は快感よりも怒りに任せて抱いてしまったために、つくしの痛みに歪んだであろう表情にも気付くことが出来なかったことが今更ながらに悔やまれる。

「俺、ほんとに最低だな…優しく抱けなくて、ごめん。リベンジさせて?」
「リベンジ…?」
「今日を初めてにしてよ…都合がいいとは思うけど、ちゃんと愛したい」

類は裸になったつくしの身体を腰のラインに沿ってなぞる。
胸の柔らかい膨らみを撫でるように揉み、つくしの唇を軽く舐めた。
快感で軽く口から息を吐いたのを確認し、開いた唇に舌を絡めていく。

「はぁっ…ん…ん…」
「何度もセックスしたのに…俺、凄い緊張してる…」
「あた、しも…ドキドキし過ぎて…心臓壊れそう…」

互いに顔を見合わせてクスッと笑うと、類はもう一度唇を重ねた。
つくしが快感で息が荒くなっていくのを確認し、ぷっくらと膨らんだ胸の赤い実を指で捏ねる。

「はぁっ…ん…あぁっ…」

赤い実を口に含めば、つくしは眉を寄せ快感を何とか逃がすように首を横に振り続ける。
ピチャピチャと音を立て指と舌で両胸を愛撫すると、堪えられなくなったつくしが腰を揺らし始めた。

「あぁっ、ん…もぅ…る、い…」
「初めてのやり直しなのに…もう欲しいの?」
「だ…って…ソコばっか…ゃ…」

つくしの足に顔を寄せると、すでにトロトロと蜜を溢れさせている。
類は濡れた秘部へフッと息を吹きかけると、敏感になったつくしの身体はビクビクと震えた。

「ココ…こんなに溢れてる…もう、イキそうなぐらい」
「いっぱい…舐めて…。も…我慢できな…あぁぁっ!」

目を潤ませた妖艶な表情で類にお強請りをする姿に堪らなく煽られ、類は濡れた秘部にしゃぶり付いた。
流れ出る愛液をチュッチュッと余すことなく吸い、指で奥深くを突きながらピンと尖った突起を親指で扱く。

「ぁ、はぁっ…ん、も、だ、め…あぁぁっ…あ…」

つくしの喘ぐ声が最上級に濡れたものに変わり、痙攣するように内壁が蠢く。
絶頂が近いのを確認すると、類はつくしの弱い奥を何度も激しく指で突いた。

「イッ…ちゃ…んんんーーーっ!」

大きく背中をしならせビクンビクンと身体が震える、一瞬の後に脱力しシーツに身体が沈んだ。
放心するつくしの足を大きく開かせると、類は屹立した性器をゆっくりと挿れていく。

「あぁーーーっ!る、い…っ!」
「そんなに…したら…っ、保たないって…」
「はぁっ、そ、んなの…わかんな…っ」

キュウキュウと類の性器を締め付け、ザラザラとした内壁が愛液の滑りを帯びて絡まり、擦る度に全身に快感が駆け抜ける。
類は堪らずに激しく腰を打ち付けた。

グチュ、ズチューーー

湿った水音と、肌と肌がぶつかり合う音が重なり、頭の芯が痺れるような陶酔感を味わった。
つくしと自分の身体の境目が分からなくなるほど、身体を密着させ絡まり合う。

「気持ち…良過ぎ…っ、てヤバい…イキそ…」
「あっ、あっ…も、あたしも…あぁぁっ!」

類は白濁とした体液をつくしの中に注ぎ込むと、暫く余韻を楽しみ一滴も残さずに体液を搾り出すかのようにゆっくりと腰を揺らし続けた。
腰を動かすたびに、グチュン、ズチュと2人の体液が混ざり合う卑猥な音が耳を掠める。

「る、い…やぁ…また…おっき…」
「もう一回…ね?10年分溜まってるから」

腰を揺らしていれば、徐々に体積の増した性器がつくしの中で存在感を主張していく。
結合部から溢れ出した体液が、ベッドのシーツを濡らした。

「ん…ぁ…はっん…気持ちい…っ」
「ココ…っ、濡れ過ぎ…凄い…いいっ」

何度も角度、体位を変えて類はつくしの中に入り続ける。
もう互いに身体中の水分がなくなったのではないかと思うほど、セックスに溺れた。



気付けば窓の外は真っ暗になり、普通ならばもう寝ていてもおかしくはない時間になっていた。
類の胸に顔を埋めて微睡んでいると、つくしをギュッと抱き締めながら類はポツリと話し始めた。

「大学の頃…覚えてる…?」
「うん…」
「俺…あんたに触りたくて仕方なくて…手繋いだりとかしてたよね。あの時は友人としてギリギリ…いやアウトか…今考えればよくキスもしてたしね。何しても嫌がらないから、俺我慢すんの大変だった」
「だって…好きな人に触られて…嫌がる女いないでしょ…?」

つくしの言葉に類は目を丸くする。
互いに素直になれず、気持ちを隠して友人として過ごしてきたあの頃、もし気持ちを打ち明けていたらどうだったのだろうかと考えてしまった。

「あの時にそう言ってくれれば、なんて意味ないね」

類はつくしの額に口付けながら言った。

「そうだね…時は巻き戻せないし…あたしがあの時に類のことを好きだなんて言うことは絶対になかった」
「そう…だろうね…。ねぇ、ずっと指輪嵌めてるけどどうして?」

結婚は誤解だったはずで、もう指輪を嵌める必要もないのに類が抱いている間も指輪を外さなかったことが気にかかっていた。

「これね…実は…美和子さん…類のお母さんからいただいたの。類に変な期待を持たせないように結婚してることにしてって頼まれた時、必要なくなったら安物だから捨てたっていいって言われたんだけど…あたしのお守りみたいになってて、捨てることなんて出来なかった。指輪を見るたびに、類が幸せでいますようにって願って…」

つくしに指輪を渡したなんてことは、美和子は言っていなかった。
意外に悪戯好きなのかと、初めて知る母の姿に少し擽ったいような気持ちになる。

「そうなんだ…母さんが…。ね、それ、ちょっと見てもいい?」

つくしは頷くと指輪を外し、類に手渡した。
類は目を細めて指輪をじっと見ると、何かを暫くの間考えているようだった。

「これさ…母さんの指輪じゃないかな…実際見たことはなかったけど、花沢に嫁いで来る時に祖母から指輪を渡されたって話を小さい頃聞いたことがある。しかも…多分これブルーダイヤだよ…安物なんかじゃない」
「え…えぇぇっ…!?失くしたりしなくて良かった…でもなんで…」

類は身体を起こすと、つくしの手を取った。

「母さんは俺と離れるっていう牧野の気持ちを尊重したけど、ただ牧野にこれを嵌めて欲しかったんじゃないかな?俺もちゃんと話したことなかったから、親のことよく分からないんだけどね…大事な物のはずだよ…これ」
「そんな…だって、あたしがもし類と再会しなかったら…」

代々受け継いできた指輪を捨ててもいいとつくしに渡した美和子の心境はどのようなものだったのかは分からないが、美和子にしても掛けだったと言わざるを得ないだろう。

「きっと、再会するって思ってたのか。あんた以外と結婚なんか出来ないって…俺より母さんのほうがよく分かってたのかもね」
「類…」
「牧野…俺はさ、今ほんとに情けなさ過ぎて、今すぐ結婚してほしいって言いたくても言えないんだ。これからさ…今までの分取り戻すくらい頑張るから、一番近くで見てて。そしたら、俺があげる指輪を薬指に嵌めてくれる?」

自分で言っていて恥ずかしくなり、つくしの顔が思うように見られない。
それでも、プロポーズのつもりで言った言葉に対する返答が気になり、つくしの表情を伺うように見れば、あの頃と変わらない真っ赤な顔がそこにはあった。
高校、大学の頃から、類が揶揄うと顔を真っ赤にして目を潤ませていた。

ああ、何も変わってなんかいないんだーーー


彼女も俺も、夢見る頃が過ぎて大人になっても、変わらない気持ちがここにある。


fin

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夢見る頃を過ぎても 16〜20

夢見る頃を過ぎても 16


昔は他愛もないことを喋って、聞いているのかいないのかも分からなかったけれど、つくしが視線を向ければ類が優しく微笑む、ただそんな時間が愛おしいものだった。
今は、ただ車の中で沈黙が続く。
類も窓に見たままであったし、つくしはそんな類の横顔を見つめては寂しそうに握り締めた拳に視線を落とした。
さっきまではまだ我慢出来る痛みであったのに、車に乗ってからさらに酷くなりズキズキと頭が痛む。

鎮痛剤、持ってたっけ…

車がいつものホテルのエントランスへと停まる。
類に続いてつくしも車を降りると、ふらついた足元で同じエレベーターに乗り込んだ。
類はその間もつくしを見ようとはせず、扉が開いた高層階に降りる。

部屋に入るよう促されつくしは足を踏み入れるが、カクッと膝が落ちバランスを崩すとそのまま前のめりに倒れそうになる。

「…な、っにやってんの…危ないでしょ」
「ご、ごめんね」

つくしの腰を支えてくれた類の手をさりげなく外そうと類の手に触れると、触れた瞬間ピクッと類が動いた。

「あんたさ…何でこんなに熱いの…」

逆に手を取られ、体温を測るように首元に触れられると、ついには立っていられなくなったつくしが壁を背にしてその場にズルズルと座り込んだ。

「大丈夫だ、から…」

つくしは類の手を制して立ち上がると部屋の奥に進む。

「いつから?」
「朝はこんなんじゃなかったんだけど…っ、ちょっと…」

大丈夫というつくしの言葉など信じてはもらえなかったようで、類に抱き上げられ寝室のベッドに運ばれた。
淡々とつくしに布団をかぶせると、類は寝室を出て行ってしまう。
どこかへ電話をしているのか、明かりのついた部屋からボソボソと声が聞こえた。
頭の痛みに身体が勝手に寝てしまおうとするのを必死に堪える。
部屋のインターホンが遠くに聞こえ、つくしがうつらうつらとしているとカタッと何かの音がしてつくしは目を開けた。
類がコップに水を入れて鎮痛剤と共にベッドのサイドテーブルに置いてくれたようで、つくしは痛む頭を押さえながらゆっくりと身体を起こした。

「薬、飲んで寝て…いつもの時間に家に送るから」
「今日、しない、の…?」
「病人なんて抱きたくない…早くそれ飲んで」

つくしはベッドから起き上がり薬とコップを受け取ると、コクっと音を立てて飲み干した。
そろそろ寒気までしてきて、つくしは言われなくとも布団を肩まで被り身を震わせた。

「ごめん、ね…ありがとう…」

つくしは熱で朦朧とした目つきで類に言うと、久しぶりに見た類の驚いたような顔を最後に眠りについた。



身体を揺らされる感覚で、薄っすらと目を開ける。
まだ熱が下がりきってはいないのか、頭に痛みを感じるが来た時よりかは幾分マシだった。

「今…な、んじ…?」
「10時半、車出すから送る。途中で倒れられても迷惑だし」
「大丈夫…結構熱下がったと思うし、タクシー拾うから…」

つくしはベッドを降りると、身支度を整え部屋を出る。
いつもこの部屋を出るときは1人だった。
しかし、今日は類も一緒に部屋を出ると、エレベーターホールへ向かう。

「ねえ、本当にいいから…風邪移るし…」

毎日仕事で忙しくしているだろう類に風邪を移してしまってはならないという気持ちと、結婚していないことがばれてしまうことを懸念していた。
つくしが住んでいるのは昔と同じようなアパートであったし、多少は広さもあり家族で住んでいる人もいるとはいえ、住んでいる場所が分かれば自ずとつくしの嘘がばれてしまう恐れもあった。

「さっき邸の運転手呼んだからもう来てる…ついでだし送るから」
「でも…」
「しつこい」

ピシャリと言い切られて、つくしは二の句が継げない。
そういえば、類も意外と強引でマイペースな人だったことを思い出す。
司のような表立った強引さはなかったけれど、気が付けば類のペースに乗せられていることが多々あった。
マンションの車寄せに停まった一台の車から運転手が降りて、類に一礼する。
つくしは開けられた後部座席には乗り込まずに、類に言った。

「あたしも…類に一緒に来られたら、迷惑なの。こんな車で帰って近所の人に見られるかもしれないし…だから、タクシーで帰るから」

それでもつくしが意志の強い瞳を向ければ、類は重く息を吐いた。

「ああ、そう。じゃ、勝手にしたら」
「うん、じゃあ。あ…運転手さん…わざわざ来てもらったのに申し訳ありません」

つくしはまだ下がりきってはいない熱で朦朧としながらも、車の横で佇む運転手に頭を下げると類に背を向け歩き出す。
大通りですれ違うタクシーは全て人が乗っていて混み合ってくる時間帯だ、すぐには捕まらないかもしれないなとフラつく頭を押さえた。

「意地っ張り。ほんと、ムカつく」
「類…っ」

倒れそうになるつくしの腕を支え、後ろから付いてきていたのか類がボソリと呟いた。

「あんた、迎車とか知らないの?電話で呼ぶんだよ。今呼んだから、ここに来る。歩かないでここで待ってなよ」
「タクシーなんて、乗らないし……ありがと」

類とこんな風に普通に話をしたのは、久しぶりだった。
言い方は悪いが、やることやったら帰る…それが今の自分たちには普通だったから、今類に恋人がいるのかすらもつくしは知らない。

好きな人がいたら、こんなことはしないかーーー
それとも、あたしが知らないだけで婚約者はいるのかな

類に支えられ暫く待つと一台のタクシーが目の前に停まる。
後部座席のドアが開き、中から運転手が立っているつくしたちに声を掛けた。

「花沢様ですか?」
「そうです。ほら、早く乗って…俺は一緒には行かないから」
「うん。ありがとう」

つくしが礼を言うたびに類は少し嫌そうに顔を顰めて、視線を反らす。
それが類の消すに消せないつくしへの良心のようで胸が痛くなる。

タクシーで自宅のアパートに帰り着くと、熱と気疲れのせいか玄関から動くことも出来ない。
ズルズルと身体を引き摺るように、何とかベッドの上に辿り着くと、言葉とは裏腹に変わってはいなかった類の中の優しさに涙が溢れた。
どうせなら気付きたくなかった。
酷いことをされて、ズタズタに傷付けられて、嫌いになれたら良かったのに。


***

夢見る頃を過ぎても 17


「つくし…風邪大丈夫?」

弥生が昼休みにつくしを心配し声を掛けてくる。
結局あの日、翌日になっても熱は下がらずに会社を休む羽目になってしまった。
普段は風邪などあまりひかない体質なのだが、ここのところ色々なことがあり過ぎて頭を悩ませていたこともあり、疲れが出たのかもしれない。

「弥生、昨日はごめんね?仕事は大丈夫だった?」
「うん…仕事は平気だけどさ。ねぇ、つくしここのところ変だよ?前にも増して暗い…ってごめん…そうじゃなくて落ち込んだ感じするから…何かあったの?」

暗い…確かに、笑いもしないつくしに弥生はよく付き合ってくれるものだと思う。
仕事は出来るが、言葉少なで自分のことは何も喋らないのに、弥生はよくつくしを外に連れ出してくれていた。
弥生の話を聞いて、薄っすらと口の端を上げるだけでも〝つくしが笑った〝と大喜びしてくれる女性だ。
心の底から心配してくれているのも分かるから、余計に何も話せない自分が辛い。

「何も…ないよ…ありがとう」
「つくし。ねえ、もっと話をしようよ…このままじゃダメな気がする。何があったか知らないけどさ…最近つくしが元気ないの諸星さんだけのせいじゃないよね?あの人に会ってからだよね?」

弥生のあの人と言う言葉に、つくしはビクッと肩を震わせる。
誰のことを指しているのかと誤魔化すことも出来ないぐらい、動揺を露わにした態度では弥生にも丸わかりだろう。

「そ、れは…」
「私だって、つくしがただ陰湿で暗い女だったら、最初から話しかけてないよ?いつもあたしは幸せになっちゃいけないみたいな顔してさ…。でも…つくしは、人のことばっかり考えてるお人好しで、みんなに優しくて…そんな人だから友達になりたいと思ったんだよ」
「弥生…」
「話して楽になることも多いよ…特に女はさ。話してわんわん泣いて…みんなそうやって辛いことも乗り越えていくんだよ。自分の中に溜めてたら…いつか溢れて壊れちゃう」

弥生は目に涙を浮かべて、つくしに訴える。
休憩室にはつくしと弥生の2人しか居なかったが、いつ誰が入ってくるかも分からない。

「弥生…仕事終わったら、ご飯食べに行ける?」

つくしの言葉に弥生は驚いたように目を丸くして、嬉しそうに笑った。



同僚である弥生にすら、話していないつくしの過去のこと。
最近、類と身体の関係を持つようになってから、つくしは以前にも増して人と壁を作るようになった。
会社の中では年も近く、よく話す弥生がそれに気が付かないはずがなかった。
本当は誰かにこの想いを吐き出したくて仕方がなかったのかもしれないーーー。

会社近くにある落ち着いた雰囲気の喫茶店で、類との出会い、元恋人である司のこと、親友である2人を傷付けたくなくて離れたことをつくしはポツポツと話していった。
弥生には司と昔付き合っていたことは勘付かれていたし、類との再会の現場にもいたことから驚くこともなくつくしの話を受け止めてくれていた。

「じゃあ、高校卒業する頃は、花沢さんと両想いだったってこと?」
「あたしの…思違いじゃなければね…。類は…ほんと自惚れちゃうくらい、一途に好きでいてくれたと思う…。でも、あたしには道明寺を裏切ることも類を受け入れることも出来なかった…多分あたしの気持ちも類は分かってた筈だよ」

つくしは高等部の非常階段で類と過ごした日々に想いを馳せた。
何度くらいキスしたんだろう…キスは好きな人とするんだよって怒りながら、お互い友達でいられるギリギリのところで触れ合い続けた。
もちろん身体を重ねることはなかったけれど、つくしの足が遅いから逸れると手を繋ぎ、つくしがお弁当を作ってくればお礼にと軽いキスが降ってきた。
つくしもそれを拒まずに、冗談だと受け取るように必死だった。
あの時、一度でも冗談で返さなければ、この危うい友達という関係すらも壊れてしまうとお互いに分かっていたから。

「何それ…人の気持ちは変わるものでしょ。そりゃ、ずっと同じ人を好きでいられたら素敵なことだけど…遠距離恋愛の時にずっとそばにいてくれたんでしょ?そんなの、好きになって当然じゃない!?寧ろ、つくしの心を繋ぎ止める努力をしなかった道明寺さんが悪いと思うけど?」

弥生は道明寺司という人間を直接知らないために司が悪いと繰り返すが、普通の恋人同士とは違ったのだと言っても分かってはもらえないだろう。
つくしだって、当事者でなければ知らない世界だった。
付き合っていた頃、何も分からず、何も知ろうとはしなく、司の世界に足を踏み入れることを怖がり、ただ何故こんな目にと思うばかりだった。
そして何度も窮地に立たされ、やっと立ち上がった頃には司は遠く離れた地に行くことになっていた。
バカだな、子どもだなと思っていた男の方が、とっくに自分よりも大人になっていた。

類のことを好きにならなかったとしても、もしも類がそばにいなければNYへ行く司を見送ることも出来なかったのではないかと思う。
だからこそ、司は今でも類を親友だと言ったのだろう。
司とつくしが幸せになれるように、自分の気持ちを押し殺してそばにいてくれた親友。
それを弥生に分かって欲しいとは思わない、ただつくしのことを心配してくれているだけなのだから。

つくしが何も言わないことで、弥生は元恋人である司のことを悪く言いすぎてしまったのかと、ごめんと呟いた。

「でも、花沢さんが…つくしを憎んでるってどうして…?いくら逃げ出したって言っても、10年も経ってるのに…」
「分からないけど…。道明寺が言うには、迷惑がかかるからあたしのこと探すなって言ったのは類みたいだし…戻って来るの何年も待ってたって。類の気持ちを踏みにじったのは確かだから」
「でも、何かされたわけじゃないんでしょ…?」
「うん…」

それだけは弥生にも言うわけにはいかなかった。
弥生がマスコミにリークするなどとは思えないが、周りに客はいないとはいえ、どこで誰が聞いているかも分からない場所で、類にレイプまがいのことをされたとは口が裂けても言えない。

「つくしは…まだ好きなんだよね?花沢さんのこと…」

好き…なんて素直な感情なんだろう。
ただ一言、あの頃にそう言えれば何かが変わっていたかもしれないのにーーー

「うん…好きだよ…愛してる…」

あどけない顔付きで、つくしは頬に伝う涙を拭うこともせずに弥生の目をしっかりと見つめて言った。


***

夢見る頃を過ぎても 18



先週まで類から頻繁に届いていたメールがパッタリと止んだ。
風邪をひいてつくしが寝込んでしまった時を最後に顔も見てはいない。
会いたい、なんて言えるわけはないし、そんな健全な関係でもない…ただ、もしかしたら風邪が移って寝込んでいたりしたらどうしようかと、つくしは会社帰りにいつも会うホテルの近くまで来ていた。

用もないのに、こんなところにいるはずはないか…

類がホテルに来る時は、つくしと関係を持つ時だけだろうし、普段からホテル住まいだとは思えない。
ここに来たら会えるかも、と思うなんてなんてどうかしている。

途中にある大きなビルの街頭テレビには、最近流行りのバンドのプロモーションビデオが流れていたが、何ともなしに見上げていたつくしの瞳が驚愕に見開かれる。
突然プロモーションビデオから画面が切り替わり、テレビには速報でニュースが映し出されていた。
そこによく知る人の顔が映し出されると、つくしはガクガクと震える足で何とか壁際まで後ずさる。

ああ、ついに来てしまったーーー

ニューステロップには〝花沢類氏、婚約〝の文字。
騒つく街中にキャスターの声は全く聞こえなかったが、誰でも知る有名な会社の社長令嬢が相手らしく、キャスターは目出度い話題を伝えるべく笑顔で原稿を読んでいた。

いつかは来るのだと覚悟していたはずなのに、こんなにもあたしの決意は鈍い

もしも、類の奥さんになる人と、類が楽しそうに買い物をしているところに出くわしてしまったら?
何年かして、赤ちゃんを抱く類を見てしまったら?

耐えられる自信なんか、全くなかった。
つくしはテレビ画面を見続けることも出来ずに手で顔を覆う。
立っていることもままならずに、壁際に座り込んだ。

つくしのバッグの中で携帯が震える。
もしかして類かも…と慌ててバッグから携帯を取り出すが着信は弥生からだった。
弥生もニュースを見たのかもしれない。
誰かと話す気分ではなかったが、つくしは座り込んだまま携帯を耳に当てた。

「はい…」
『つくしっ!?ニュース見た?花沢さんがっ…』
「うん、今見たよ…」
『いいの?結婚しちゃうかもしれないんでしょ!?』
「いいわけ…ないじゃない…やだよ…会いたいよっ!」

座り込んで泣きながら叫ぶつくしを、通行人が訝しげに視線を移しては関わらないようにと避けて通る。

『そうやって泣き叫んで来なよ…花沢さんのところで。我慢しすぎだよつくしは』
「それは絶対にダメなの…そんなことしたら類が困る」

つくしは首を振りながら、ダメなのと何度も呟く。
まるで自分に言い聞かせているように。

他の誰かと幸せになる類を近くで見ていることなど出来そうにもない。
司とまだ付き合っていた頃、一度だけ類に好きだと言われた。
類はあんたが笑ってくれればそれでいいと言っていた。
一度は類に対してつくしもそう思っていたけれど…あの温もりを知ってしまってからじゃ、とてもじゃないが見守るなんて到底無理だ。
類の幸せを願えない…お願い別れて、と嫌なことばかり考えてしまう。

『悲しいね、そうやって自分は幸せにならずにずっとそのままでいるつもり?だったら、新しい恋愛に気持ちを向ければいいじゃない。男はその人だけじゃないよ』
「そうだね…他の人を好きになれれば楽なのにね…」

つくしはありがとうと言って、電話を切った。

「道明寺…ごめん。もう無理だよ…」




へぇ、俺婚約するんだ…

自分の婚約のニュースをテレビで知るってどうなんだろう。
類が役員室に備え付けられた60インチの大きなテレビ画面を横目で見ると、興味もなさそうに電源を落とした。
ここのところ、花沢のテレビショッピング事業強化のため業界では超大手放送局とも言える企業の役員と会食を重ねてきた。
その場に経営者一族である現代表取締役の娘が毎回同席していることが不思議でならなかったのだが、そういうことかと今なら納得出来る。

確かに、女は類に誘うような視線を向けていたが、そういう女の視線はいつものことで見慣れたものであり、さして気にも留めなかった。
今となっては、顔も覚えていないし、ニュースで公開されていた写真を見てもピンとこない…類にとっては女の顔はみんな同じに見える。
結局は会社のため、同族経営を長く続けより一層会社を大きくするため、それだけのために生きているんだ。

あの頃の彼女の顔だけは、鮮明に覚えているのにーーー

一瞬、類の頭につくしのことが過ぎったが、彼女も結局は他の男がいながらも自分に足を開くような女だっただけのこと。
例え、類が結婚しようが自分たちの関係性は変わることはないだろう。
いや、変えるつもりもない。
抱きたければ抱くし、飽きれば別れる、普通のことだ。

ただ好きで、彼女が笑ってくれるだけで嬉しくて…そんな日々は遠い昔のことだった。

役員室の扉をノックする音が聞こえる。
低い声ではいとだけ返事をすると、秘書ではなく女が1人立っていた。
どこかで見たことがある、その程度の記憶で何の用かと視線だけで尋ねるが、女はにっこりと妖艶な微笑みを浮かべて、室内に入ると類のデスクに腰掛けた。

「類さん…ニュースご覧になった?」

ああ、女は自分の婚約者かとやっと繋がった。

「ええ、それで?」
「それでって…驚かないんですか?お父様にお願いしてしまったの…婚約は決まっていたことだし…早めに発表をしてしまいたくて…ほら、色々と準備もあるでしょう?」
「その話長い?そんな暇じゃないんだけど」

類の腕に自分の腕を絡ませながら、女はゆっくりとした話し方で猫なで声を出す。
触れられた腕も、キツイ香水の匂いも我慢が出来ない。
どうして女のくだらない話はこんなにも耳に付くのかと、イライラしながら類は腕を振り解くと女の言葉を途中で塞いだ。

「暇じゃ…って、私たちの結婚のことなのに…酷い」
「仕事に必要なら結婚はしてもいい。でもあんたが何を期待しているのか知らないけど、俺には何も期待しないで。俺は束縛されるの嫌いだし、お互い自由にすればいいでしょ…もういい?さっきも言ったけど、俺は忙しい、会社にアポなしで来るのも止めて」

女は下唇をギュッと悔しそうに噛み締めると、来た時とは打って変わった表情で役員室の扉をバタンと強く締め帰って行った。


***

夢見る頃を過ぎても 19



「はぁ…」

類は椅子に凭れ掛かって目を閉じた。
何年経っても相変わらず香水の匂いもしない、甘い彼女の体臭を思い出す。
必死に喘ぐのを我慢し震える指先も、目を潤ませて怒った表情も…何度抱いても慣れずに貫かれる度辛そうに眉を寄せる顔も、すぐに思い出すことが出来る。
ああ、こんな日は彼女のことを抱きたくなるんだ。

許せないし、許したくもない。
でも、彼女の声を聞くたびに昔に引き戻されそうになってしまう。
それが怖くて、ここ10年そうしてきたように、無理やりにでも他の女を抱こうとしたがどうしたって思い出してしまう彼女の温もり。
あの頃、好きだと思っていたのは自分だけではない。
つくしの想いも同じだったはずだ。
司と例え親友ではいられなくなったとしても、彼女が自分のところにいてくれるならと覚悟を決めた。
彼女が姿を消したのは、そんな時だった。

静を想っている時に背中を押してくれたのは彼女だ。
結局その想いは恋とは違うものだったけれど、自分にとってはつくしのことを大切だと思う気持ちに気付けた大事な出来事でもある。

「追いかけさせてもくれない…」

どれだけ想っていただろう。
好きで会いたくて、触れたくて…でも叶うことはなくて、彼女が自分たちから逃げたと知った時も、誰の助けも必要としない彼女のために追いかけることすら出来なかった。
いつか戻って来てくれると信じていたのに、連絡がないまま何年も過ぎた。
自分を守るために諦めることも覚えて、彼女の代わりに何人も女を抱いたけど、満たされることはなくより渇望していくだけだった。
どんどん表情を失くしていく自分を幼馴染みたちが心配してくれているのは分かっていたけど、それすらどうでもいいことだったんだ。

彼女を待つにもタイムリミットがある…そのカウントダウンはすでに始まっていたから。

〝いつか〝に、10年もかかるとは思わなかった。
嬉しかったんだ…やっと会えたと思って、友人といる彼女をそのまま抱き締めたくなるぐらい。
やっとまた2人で笑って、毎日過ごせるって…君がいないと俺は笑うことも出来ないんだよって伝えたかった。

でも、彼女は俺が居なくても平気だったんだーーー

自分以外の人を愛して抱かれていたんだ…彼女の結婚指輪に気が付いた時、何もかもが崩れていった。
何のために生きてきたのか、それすら分からなくなった。
お互い一緒にいなければ、息をすることも出来ないって思っていたのは自分だけだったのかと、自分にとっては彼女の結婚はとてつもない裏切りに感じた。

自分の想いが行き過ぎているだけで、冷静に考えればその可能性だって十分にあったはずなのに。

物思いに耽っていると、再び扉がノックされる。
まともに仕事なんかしていないのに、よくもまあこんなに来客があるものだ。
そして、今度は返事をしないでいると、扉が勝手に開けられた。

「よお、類。相変わらずしけたツラしてんな」
「……司」

日本に戻って来たのはつくしと2人でいるところを見かけたことで知っていたが、暇なはずがない男が久し振りの再会だと思えないぐらいの会話でソファーにドカッと座り、ネクタイを紐解いた。

「何の用?」
「この間、牧野に会った…あいつスッゲェ綺麗になってたな…ってお前は知ってるか」
「……それ言いに来たの?」

含みをもたせた言い方にもしかしたら自分とつくしの関係を知っているのかとも思ったが、知っていて何もしない男ではないだろう。
いや、と司がシャツの胸ポケットから写真を取り出すと、テーブルに置いた。
懐かしい、昔の…一番楽しかった頃の写真。

「これ、この間邸で見つけてよ…牧野にやろうと思ってたのを忘れてたんだ。使用人が取っておいたらしい。珍しいよな…お前が笑ってる写真ってそれしかないだろ…この間お前の経済誌のインタビュー記事見て思い出した。しかし29にもなって高校の頃の写真を合成に使うとはな…」
「笑え笑えって煩かったから、じゃあこれで合成すればって渡しただけ。まさか本当に使うとはね」

類は写真を手に取ると、つくしの顔を見ないように目を反らしすぐにテーブルに戻す。
司の邸で自分たち4人とつくしの5人で撮った最初で最期の写真。
類の笑っている写真ってなさそうだよね、なんて言ったつくしが寝惚けた類の脇を擽って、シャッターチャンスを狙って控えてた使用人が何枚も連写で撮ったことが思い出させる。

俺ってこんな風に笑うんだって、少しだけあの頃は照れくさかった。
司がその直後にニューヨークに行ったことで、5人で集まることはなくなってしまったが、当時司と付き合っていたつくしが写真を持っていないのが不思議だった。
忘れていたと言ったが、確か総二郎もあきらも持っていたはずで、司が恋人であるつくしにだけ渡さない理由はないだろう。
そして、よくよく写真を見ればその理由にもすぐに思い当たった。
つくしが、類に抱き着くように後ろから手を回している写真、それはただ擽っていただけなのだが、あの頃の司には受け入れられないものであったのだろう。

「こんな写真を今更俺に渡す理由はなに?」
「お前の婚約発表」
「それついさっき、テレビでやってたのに。何で知ってんの?」

自分だってつい先ほど知ったばかりなのに、その情報を類よりも早く掴める立場にいるところが、この男の怖いところだ。

「俺はもうあいつを傷付けたくない」


***

夢見る頃を過ぎても 20



「答えになってないし、傷付けたのは司でしょ?俺より先に婚約してるんだから…っていうか、あいつだって結婚してんだから関係ないでしょ…」
「何言ってんだ、おまえ。あいつって牧野ことだよな?結婚なんてしてねえよ…」
「何、それ…?」

類は司の言っている意味が分からずに、喉がカラカラに渇いて自分の声とは思えないような掠れた声で呆然と呟いた。
結婚していなかったーーー?

「何それ、じゃねえよ。お前いつからそんな腑抜けになった?昔は牧野のことなら何でもわかるって面してただろうが。諦め早過ぎだろ…」

司が嘘を吐いているようには思えないし、噓を吐く必要もない。
何故つくしが結婚していると、そんな嘘を吐く必要があったのか。
誰かに結婚していると思わせたかった?
しかし類と会ったのは偶然で、急遽指輪を用意することなど出来ないはずだ。

何故ーーー?

「お前は探すなって言ってたけど、俺はやっぱり心配で…あいつがどこでどうしてるかは調べさせてた。何かあったら直ぐにでも助けられるように」
「よく、捕まえなかったね…」
「そりゃ、何度も行こうと思ったさ。でも、お前の探すなって気持ちも分かったし…あいつが逃げた理由も分かってたのに、俺があいつへの決別がまだ出来てなかったんだな。親友に取られるのは悔しいし、ムカつくからな」

あの頃の司がつくしの気持ちに気が付いていたと、司の言葉で知った。
同時に自分と比べて気持ちの整理が出来ていることにも驚かされる。
あいつへの決別がまだ出来ていなかった…そう言った司からは、つくしへの恋慕の情はすでに感じられなかった。

「牧野の気持ち知ってたの…?」

もしかしたらつくしも自分のことを好きなのでは、類がそう思ったように司もまた勘付いていたのか。

「知らねえよ!あいつが言うわけねえだろ…でも、そうなっても仕方ないかと思ってた。俺が早く牧野を解放してやれば、逃げることも…お前がこうやって苦しむこともなかったのなら、もっと早くにケリ付けておけば良かったと思う。だから…婚約なんかしてねえでさっさと牧野を捕まえて来い!」
「でも、俺はあいつに…」
「ウジウジ悩んでる暇があるなら、追いかけろって昔のあいつなら言ったんじゃねえのか?」

いつだって、自分の背中を押してくれるのは彼女だった。
彼女がいなければ立ち上がることも笑うことも出来ない情けない男だけど、もしまだ間に合うのならーーー

「司…牧野のこと、今更だけど…奪っていい?」
「ほんっと今更だな…俺たちはちゃんと終わったんだよ。お前と違ってな」



しかし、婚約を解消させることはそう簡単なことではなかった。
自分にはまるで覚えのないことであったが、父親から婚約を持ち掛けられ一度はOKしたのだと言う。
確かに、仕事で必要ならばどこの誰でも結婚してもいいぐらいに思っていたから、父親にも同じように伝えたことはある。
先方に婚約解消を求めれば、婚約者である女性への態度が良くなかったのか、代表取締役である父親にも話はいっていて、婚約解消するならばと花沢側にかなり不利な業務提携を持ち掛けられた。
今のこの状態は、類がまともに仕事をしてこなかったことへの当然の報いでもあり、後悔しても遅過ぎるというものだ。
婚約の速報が流れ数日の間につくしへ何度も連絡をしているが、携帯の電源を切っているのか繋がることはなく、類の中に焦りばかりが募る。

類がどうしたものかとデスクに向かっていると、役員室のドアがノックもなしに開けられた。
今一番会いたくないとも言える父、聡が厳しい顔をして類の前に立つ。

「父さん…」
「婚約解消を申し出たらしいな…それは自分で選んだ道ではなかったか?」
「申し訳ないとは思っています…でも…それでも…取り戻したい人がいるんです…」
「牧野つくしさんか…」

聡からつくしの名前が出るとは思わなかった。
つくしと付き合いのあった高校時代も今でもそうだが、類のプライベートに興味を示したことなど一度もなかったのだ。
それに殆どを海外で過ごしている聡がつくしを知る機会などはなかったはずだ。
類が何故と視線を向けると、聡は軽く嘆息し口を開いた。
しかしそれは、類の知りたかった答えではなかった。

「あそこの放送局は業界一の大手だ。もしお前が婚約解消を申し出れば、うちに不利な条件での業務提携となるだろうな。女性1人のために会社に損失を出すのか…?経営手腕を疑われかねないぞ」
「分かっています…でも結婚するわけにはいかないんです。たとえ…花沢を捨てることになっても…」
「類…臨時の株主総会でお前の専務解任決議を行う。お前は花沢の子会社の取締役の任につけ。それで片がつくだろう…相手方も専務の地位のないお前に興味はないだろうからな」
「はい…」
「ここを出る前に、邸へ戻り母さんに報告をしろ。牧野さんのこと…お前よりも詳しいはずだ」

聡から驚くべきことが告げられる。
母がつくしのことを知っているとは、一体どういうことだろう。
その答えを今ここで聞きたくとも、自分たちはどうしてかと問い詰めることの出来るような親子関係ではなかった。
もう話すことはないとばかりに背中を向けた聡に、はいと了承するだけだ。


***


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夢見る頃を過ぎても 11〜15

夢見る頃を過ぎても 11



何でもないことのように言う類は本当につくしが知っている男と同一人物であろうか。
つくしが手を振り上げパンっという音と共に類の頬が赤く染まる。

「最低っ…」
「あぁ、あんた結婚してたんだっけ?旦那にバレたら困るね。写真でも撮っておく?」

バレたら困るような関係の男性など本当はいない。
それでも、類がそこまでつくしのことを軽んじることが、つくしにとっては何よりもショックだった。
あの頃、つくしの気持ちが誰にあったか知っていると思っていた。
もちろん、司に対しても愛情はあったが段々と類へと気持ちが動いていったのは、彼の優しさやつくしの実情に理解を示し決して蔑んだりしなかったからだ。
自分が逃げたことが、ここまで類を変えてしまったのだろうか。

「……」
「司と会ってたのはどうして?惜しくなった?今や道明寺財閥会長の右腕として財閥の中枢を担う仕事に携わってるからね…あの時結婚しておけばよかったって思ったんじゃない?」
「思わないっ!道明寺とはもう終わってるの、ちゃんと」
「あんたも相当やるよね?あんな往来で司と抱き合って…週刊誌に高く売れそう、ほら」
「何言って…」

類が携帯を操作し画面をつくしに向ける。
そこには、司とつくしが抱き合っているところが写っていた。
横から撮られたのか、司の顔も司の胸に顔を埋めているつくしの顔もハッキリと分かる。

「司…婚約したのにね。ムカつくな…牧野は今俺のおもちゃなんだけど…」
「類の …おもちゃになったつもりなんかないっ!」

類の言葉はどこか独白染みていて、2人で話しているはずなのに掛ける言葉が一方通行であるような気がしていた。

「この写メがあれば、司の婚約壊せるかもよ…欲しくないの?」
「消して…あいつに迷惑掛けたくない。類は…何がしたいの?」

つくしの言葉にさぁねと切り返す類はそれ以上は話すつもりがないようだ。

「じゃあ、これ俺の名刺。扱い気を付けてよ、誰にでも渡すものじゃないから。ちょっと携帯貸して」

類は名刺をつくしに手渡すと代わりにつくしの携帯を受け取り、片手で操作しながらも話し続けた。

「で、あんた今どこの会社で働いてんの?あぁ、これも返す」

類から受け取った名刺を見もせずに、つくしは鞄の中に入れる。
返ってきた携帯も同様にしまうと、ずっと壁に背中を押し付けられていたせいか腰に鈍い痛みがあった。
しかし、足の間にも若干の違和感があるものの、一度目とは違い普通に歩くことが出来そうだ。

「ここから、二駅先の文具メーカーのタカモトっていうところ…」

つくしが今の自分の職場を話したのは、諦めにも似た思いがあったからだ。
言わないという選択もあった、嘘を吐くという選択も、だが類が調べようとすればすぐにつくしが今どこに住んでいるかも職場も、実は結婚していないという事も分かってしまう。

「そう…じゃあ、また連絡するから絶対出てよ」
「もう、会うつもりないからっ!」

つくしは類に背を向けて路地を歩いていく。
類も引き止めることはなかったが、類の言葉につくしの方が足を止めた。

「司に迷惑掛けたくないんじゃないの?別に俺は司の婚約が破談になっても困らないけど…それに、電話出なかったら…会社に電話するよ」
「…っ、もう…類のことが…分かんないよ…」

今度こそつくしは歩みを止めることなく、小走りで路地を抜けた。

これは何かの罰だろうかーーー?
あの人から逃げ出したことへの?
今度はつくしを傷付けることで、類の気が晴れるのか。
どうして、あんな顔をするの。
雑誌の中のあなたは、あんなに幸せそうな顔で笑っていたのにーーー。


***

夢見る頃を過ぎても 12R



類から連絡があるのは、必ず平日の夜だった。
それはつくしが結婚していると思っているからなのか、土日に連絡が来ることは一切なかった。
つくしの仕事が終わる時間を見計らったようにメールが入る、ホテルの場所と部屋、そこにつくしは直接行く。
分かっているーーー本当は、こんなことに意味はないということ。
類に撮られた写真の件も、司に話せば何とでもなるだろう、週刊誌に載る前に差し止めることも訳ないだろうし、類に圧力をかけることだって司ならば出来るはずだ。
それでも、幾度となく類に呼び出されては身体を重ねてしまうのは、類から逃げ出したことへの罪滅ぼしなのだろうか。


「あんたの旦那さ…俺にこんなに痕付けられてるのに何も言わないわけ?」

情事の余韻に浸る間もなくベッドから身体を起こした類は、つくしが身体のだるさからベッドから起き上げれないでいると首の辺りを指で撫でクスッと冷笑を浮かべた。

「……」
「ああ、俗に言うセックスレス?まあ、あんた慣れてる感じしないしね。少しは楽しませるように練習したら?」

類の首を撫でる手付きが、徐々に官能の色を濃くしていき衣服を身に付けていない胸元へと伸びていく。

「…っ、な、に…もう…」

散々抱かれ続け、もう何度したのかも覚えていないぐらいだ。
腰は重く立ち上がることもままならない状態なのに、それでも足りないとばかりにつくしに触れる類は余韻を楽しんでいるわけではなさそうだ。

「まだ…平気でしょ…」
「もっ…無理…だよ…っ」

与えられる快感をどうにか逃すためにシーツの波に溺れるように、手で強く掴む。
胸の膨らみを揉みながら突起を強く摘まれ、つくしが痛みに顔を顰めた。

「…っ…た…ぁん」
「すぐ気持ち良くなるよ…ほら」
「あぁぁっ…」

類がつくしに覆い被さり、赤く尖った突起を口に含んだ。
ザラザラする舌の感触がねっとりと絡みついて、身体中の熱が乳房に集まる。
敏感に立ち上がる突起を指と舌で愛撫され、つくしは身悶えながらいやいやとかぶりを振る他なかった。

「はぁっ…あっ、ん…も…」

類はつくしの手を取り自らの性器へと誘うと、下生えに触れた指がビクリと一瞬震えた。

「俺のも…気持ち良くしてよ…じゃないと、イカせてあげないよ…?」
「わ、かんな…い」

類の言葉に素直に従うのは、もう半ば諦めている部分もあったように思う。
悲しみなのか恨みなのか、つくしの知るところではないが類の性欲の捌け口としてだけの行為であるし、そこに一時の恋愛感情すらないことも分かっている。
それでも、誰よりもつくしの心に深く居つく男に抱かれているのは事実だ。

類の手がつくしの手を包み込みまだ柔らかいままの性器に熱を与えていく。
つくしも類の手の動きに合わせながら、徐々に質量の増した類の性器を手で摩るように必死で動かし続けた。

「…っ、ん、そう…俺がいつもあんたにしてるみたいに、口でして…」

つくしは言われるがまま、類の足の間に顔を近づけていく。
手の動きは緩めることなく先端を口に含めば、ジワリと口の中に粘り気のある体液の苦味が広がりつくしは眉を寄せた。

「音立ててしゃぶって…口動かすんだよ、ん…そ、美味しい?旦那にしてやんなよ、喜ぶから」

もしもこの先誰かと夜を共に過ごすことがあったとしても、相手の性器を口に含む行為を類以外の誰かにすると考えただけで、つくしは吐き気に襲われそうだった。
いざその時になってみないと分からないが、触れられることも、挿れられることも我慢出来たとしても、何故かつくしにとっては相手の身体に唇で触れる行為を神聖に感じる。
決して言葉には出せないがこんなにも愛おしいと思っていることを伝えるように、類に触れる。

類以外に…しないよーーー

つくしはピチャと音を立てながら、類の固く勃ち上がった性器を愛し続けた。
舌を這わせ裏の筋を下から上へ舐めると、つくしの頭を押さえていた類の手がピクッと震え手で擦る性器が大きさを増す。

「ふっ…んん〜、はぁっ…」
「…っ、く…はぁ…そ、んなにすんな…」

チュッと先端を強く吸うとビクビクと脈打つ性器から、トプッとつくしの口の中に生温かい体液が注がれる。
コクリと音を立ててつくしが全て飲み干すと、類が唖然としながら荒くなった息を整えていた。
そして類は少しだけ悔しそうな顔をして目を反らした。
つくしと再会してから冷たい顔しか見せなかった類のちょっとした変化が、つくしの心の中をジワリと温かいもので包んでいく。
高校時代に非常階段で過ごしたあの日々を思い出し、つくしの目に涙が浮かんだ。


***

夢見る頃を過ぎても 13


つくしは社員数15人ほどの小さな文具メーカーで働いている。
従業員は皆家族同然といった感じのいい人たちだが、つくしはあまり深くは関わらないようにしていた。
大切な友人たちと距離を置いている今、つくしの心を救ってくれる存在などはいなかった。
それでも同僚の弥生は、笑顔の見せないつくしに対しても他の同僚たちと同様に接してくれる。
それが、ありがたく、また辛かった。

言えないことばかりなのにーーー

「つくし、あの人また来てるよ…どうする?」

弥生が心配そうに、机で作業中のつくしに声を掛ける。
あの人とは、全国に展開する大手文房具店社員である諸星のことだろう。
つくしの働くタカモトのような小さな文房具メーカーにとっては、全国展開するような大手の文房具店やコンビニなどに品物を置いてもらうことで何とか利益を出せている。
しかし、それは手掛けた文房具に出来に左右されるため、どのメーカーも必死で商品開発をし売り込む。
何ヶ月か前、つくしの手掛けた文具が大手の文房具店に一斉に置かれることになり、社員一同諸手を挙げて喜んでいたのだが、そこの社員である諸星とつくしが何度か打ち合わせをしているうちに、食事はどうか、休日は何をしているのかなどプライベートな話題になることが多々あった。
つくしは、曖昧に答えながら何とかかわしていたのだが、鈍いつくしでも分かるほど最近では好意的な視線を向けられることが多くなった。
ただ、見つめてくる、というのではない、つくしが前屈みになった際に胸の辺りに視線がいったり、汗ばんだ手でポンと太ももの辺りに触れられたりといったことが何度もあるのだ。
プライベートで会うことはないしつくしにその気がないと知れれば、諸星の関心もすぐ他へ移るだろうと思っていたのだが、案外執拗な男だったようで、する必要のない打ち合わせという名目で、つくしの会社に何度も足を運んで来るようになった。

「ありがとう…大丈夫、何とかする」
「ねぇ、あんまりしつこいようだったら、社長に相談してみようよ…あの人なんか怖いしさ」
「うん…でも、あそこの会社とはこれからも付き合いがあるはずだし、ね」

つくしが強く出ることが出来ないのは、それが大きな理由だった。
臆面もなく断れば取引を失くすと言うわけではないのだが、諸星は相手がそう感じるような言い方を選ぶ。

〝相変わらず牧野さんは仕事が出来るんだね。次の新商品も楽しみだ〝
〝これからもタカモトさんとは長く付き合っていけたらいいよな〝

ニコリともしないつくしの何を気に入ってなのかは知らないが、兎に角諸星からの誘いは執拗だった。
つくしが重い腰を上げて、諸星の待つ応接室に行くと相変わらず上から下まで全身を舐め回すような視線でつくしをジッと見つめ、薄気味悪くニヤリと笑う。

「お待たせしてすみません」

つくしがローテーブルに客用のコーヒーを置き、目の前に腰掛ける。

「いや、会えただけでも嬉しいよ」
「……」

偏見の目を持って見てしまっているからか、つくしは諸星の外見を何とも思わないが、中肉中背でスーツを着ていればそれなりに格好良く見えるのだと思う。
スポーツマンまでいかないが不健康には見えない程度に焼けた肌、心持ち釣り下がった目は見る人が見れば愛嬌を感じるのかもしれない。
会ったばかりの時は恋人の存在も匂わせていたから、それなりに付き合いもあったのだろう。

「それで、今日は…?」

どうせ何の用もないだろうと思いながらもつくしが遠慮がちに聞くと、諸星はビジネスバッグからA4サイズのプリントを出しつくしの前に置いた。

「うちの本店、リニューアルすることになってね。1階を文具コーナーにするつもりなんだけど、商品も一新しようと思ってるんだ。タカモトさんの方で、まあ何かお勧めの商品でもあれば話ぐらいは聞いてもいいかなってね…どう、食事でもしながら?」
「今まで置いてもらっていた物はどうなるんでしょう…?」

つくしは、食事云々には触れずに話を進めると、それが気に食わなかったのか諸星が肩を竦める。

「さぁね、俺の気分次第ってとこかな。この先は、外でじゃないと話さないよ」
「そうですか…では、部長も同行させますので、暫くお待ちください」

つくしが席を立つと、ローテーブルを挟んだ反対側の諸星に腕を掴まれた。

「それ、本気で言ってんの?牧野さんさ、これ見よがしにキスマーク付けてんだから、それなりに遊んでんだろ…だったら、言いたいこと分かるよな?」

部屋を退室しようとすると諸星は声色を低く変え、腕を掴む手に力を入れる。
類のマーキングは毎回チェックし見えるところのものはコンシーラーで何とか目立たなくしているのだが、自分では気が付かない場所にも付けられているのかとため息を吐く。
つくしがもし本当に結婚していたとしたら、こんな状態ならばすぐにバレるだろう。

「分かりません…っ、手を離してくれませんか?」
「いいのかよ、そんなこと言って…知らねえぞ?」
「……っ、しょ、食事に付き合えばいいんですか…?」

つくしが折れると今までの態度が嘘のように手のひらを返し、諸星は優しげな笑みを浮かべる。

「そうだよ。じゃあ会社の前で待ってるから。早く来いよ…牧野さん…?」
「分かりました…」


***

夢見る頃を過ぎても 14



つくしの都合も聞かずに無理やり約束させられると、諸星は資料をビジネスバッグにしまいコーヒーには全く口を付けずに帰って行った。
ずっとのらりくらりと逃げていたからか、より執着が増した気がしてつくしはうすら寒い感覚に身を縮みこませた。

応接室から出ると、弥生だけではなく他の同僚も心配そうにつくしを見つめていた。

「今日は諸星さん帰るの早かったね…大丈夫だった?」
「あ、うん…大丈夫…」

心配する弥生には、この後の食事のことには触れずに頷いた。
今まで1時間粘ることもあった諸星に、何故今日は早く帰ったのかと不信感があるようだったが、つくしが大丈夫だと言ったことで弥生も自分の席に戻り帰り支度を始めた。

帰り際に鳴った電話の対応に弥生が出たことで、結局つくしの方が早く会社を出ることになったのだが、それで逆に良かったのかもしれない。
つくしの同僚で、諸星がつくしに想いを寄せていることは知らぬ者はいなかったし、弥生が会社の前で諸星と鉢合わせたりすれば、今度こそ社長に報告するだろう。
自分のことで会社に迷惑は掛けたくはなかった。
つくしはロッカーで着替えながら携帯に類からの着信があったのを確認すると、返信せずにバックへとしまう。
しかしふと思い立って、やはりメールで断りの連絡を入れた。

取引先の人と打ち合わせを兼ねて食事に行くことになったから、今日は約束の場所へは行けませんとメールを送る。
ホテルと書かなかったのはつくしのせめてもの意地だったが、類との約束を断ったのは朝から少し体調が悪かったことも理由にあった。
しかし、期待していなかったもののやはり類からの返信はない。

会社を出てすぐのところで諸星は待っていた。
軽く会釈をすると、片手を上げてつくしの元に歩み寄る。

「じゃあ、行こう。予約したとこ、君なんかだと滅多に食べられない店だから」
「はぁ…どうも」

頼んだわけじゃないと、思わず言い返したくなったが大事な取引先だと言葉を必死に飲み込む。
そして、会社から店に向かう途中も何かと話し掛けては来たが、つくしはどうしてもプライベートなことをペラペラ話す気にもなれず、ただ曖昧な返事を繰り返す。

「なあ、そろそろ俺と付き合わないか?あんな小さな文具メーカーで働くのも嫌だろ?俺と結婚すれば専業主婦でもいいし、いいだろ?」

付き合わないか…はまだいいとして、つくしがいつ会社が嫌だと言ったのか。
しかも付き合ってもいない相手に、急に結婚の話を持ち出すのは飛躍しすぎだとも思う。
つくしの態度でそういうつもりはないということが伝わらなかったのか、諸星はさも俺が付き合ってやるんだという態度を崩さない。
付き合いは断るにしても、今後の会社との取引を考えるとドッと肩が重くなるように感じた。

「諸星さん、すみませんけど…」
「牧野」

つくしが諸星に向き合って、駅に向かう道の途中で話していると、後ろからよく知った声に声を掛けられる。


***

夢見る頃を過ぎても 15


「る……」
「偶然だね、今日約束してたはずだけどどうかしたのかなと思って…彼は?」

つくしにしか分からないかもしれないが、類はさも取り繕ったような話し方でつくしの前に立ち、諸星へと視線を向ける。
一瞬優しげな視線を向けられて高校時代の類を思い出すが、それはこの場だけのことだと思い直した。
しかし、諸星の対応に悩んでいたつくしは、何故ここにいるのかという疑問は残るが類が来たことにどこかホッと胸を撫で下ろした。

「うちと取引のある会社の方で、日本堂の諸星さんです。え、と…こちらは…」

諸星は邪魔されたことでいい顔はしなかったが、一応社会人らしく懐から名刺を取り出し類へ渡す。
つくしは類を紹介しようとしたものの、類の肩書きを知らずなんと紹介しようかと言葉を濁す。
そんなつくしの機微を悟ってか、類は自ら名乗った。

「花沢物産で専務取締役の任に就いております、花沢と申します。申し訳ありませんがプライベートなので、名刺をお渡し出来ないのですが」
「は、花沢って…」

つくしが見たのは一度きりであったが、花沢物産自体が大企業であるし雑誌にも載ることのある類の顔をどこかで見たことがあると思っていたのか、諸星は類の顔を凝視しながら花沢の名前に反応を示す。

「何か…?」
「えっ、いえ…あの、牧野さんとはどういう…」
「あぁ、学生時代からの付き合いになります。ちょうど今日約束をしていたので…何かあったんですか?」

わざとらしいとしか言いようのない、約束などではないし嘘八百もいいところだ。
しかし、高校時代の類は自分が心を許した相手以外とは口も聞かなかった印象だが、諸星を類が気にいるとはとても思えないから、類も社会人になり司同様大人になったということなのだろう。

「いや…別に、何も…」

脂っぽい汗が顔中から噴き出し、諸星は何度も額を拭う。
一体何にそんなに慌てているのだろうとつくしが視線を向けると、怯えたように目を反らされた。

「あぁ、余計なことかもしれませんが…彼女に手を出したら…分かりますよね?日本堂はうちと取引があった筈ですから…ね」

ああ、そういうことかとつくしは納得する。
日本全国、いやグローバル都市に支社を持つ花沢物産は、必ずどこかの企業と繋がっているのだ。
道明寺、花沢、美作と取引のない企業など探す方が難しいのかもしれない。
つくしの働くタカモトも、道明寺系列のグループ会社と繋がりはあるのだから、日本堂が花沢物産と取引があったとしてもなんら不思議なことではない。
そして、類が来たことに驚き過ぎて忘れていたが、つくしは慌ててポケットに潜ませている指輪を薬指にはめた。
今日は朝から怠く、頭痛薬を飲み仕事をしていたのだが薬が切れたのか、諸星と一緒にいたことで緊張していたのか忘れていた頭痛が再びつくしを襲う。

「は、はい…」
「ちなみに彼女、道明寺司や美作あきらとも懇意にしてまして…彼女はモテますから心配しているんですよ」
「あ、あの…よ、用事を思い出したので…っ、僕はこれで…っ!牧野さん、じゃあ!」

諸星はその場から逃げ出すように、バタバタと駅の方角へ走って行った。
日本堂本店のリニューアルについてまだ何も決まっていないのだが、諸星はまた後日来るつもりなのだろうかと、思いを馳せながら後ろ姿を見送っていると、類がボソリと呟いた。

「迂闊過ぎる」
「え…あたし…?」
「当たり前。他に誰がいるの…。ねぇ、他の男に触らせたら、許さないから…」

類に顎を持ち上げられ、つくしは足が攣りそうになりながら上を向く。
ついこの間、旦那にしてあげたら喜ぶとか何とか言っていた口で、他の男に触らせるなと言う。
つくしは、類のあっちにもこっちにも揺れる感情が分からず深く息を吐いた。

「ため息吐かれるような、余計なことだった?あの男にも抱かれたかった?」
「違うっ…ごめん、助かりました…ありがとう」

類は一瞬、つくしの言葉に動揺するように目を揺らすが、すぐにいつものポーカーフェイスに戻ると車を呼んだ。

「行くよ…」


***


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夢見る頃を過ぎても 6〜10

夢見る頃を過ぎても 6



まさしく神様の悪戯かとつくしが考えても仕方のない状況に陥っている。
今まで10年、偶然すれ違うことすらなかったというのにーーー。

つい何日か前、類と会ったばかりでどうしてこうも偶然が続くのか。



ノー残業デーである金曜日、今では死語となりつつある花金を楽しめるようにという社長の意向で、全員が誰にも気を使うことなく定時退社が出来る。
つくしは、仕事終わり特に予定もなくまだ薄っすらと明るい街中を歩いていた。
同僚から飲みに行こうと誘われることも多かったが、歓送迎会などの付き合い以外は参加したことはなかった。
酒に弱いことも理由に挙げられるが、それよりも作り笑いを顔に貼り付けていることに疲れてしまうことが、一番大きな理由だ。
10年経ってもこんな気持ちのままで、また偶然出会ってしまったら…その時彼が結婚していたら、おめでとうと言うことが出来るのだろうか。
例え向けられる感情が憎しみだったとしても、好きで好きでどうしようもなく、再び出会えたことに喜びを感じている自分もいるのだ。

人の多い街中をゆっくりと歩くつくしは、周りからすれば邪魔だったのだろう。
幾人もの人々がつくしを追い越し、時には舌打ちをされ、あからさまに邪魔だと眉を寄せ肩をぶつけてくる者もいた。
そんな中で混雑する街並みに似つかわしくない一台の車が道路脇に停まる。
行き交う人々が視線を向けつくしも釣られるようにそちらを見るが、思い出したくはない強烈な経験として記憶の中に残っている真っ黒のリムジンが停まっていた。
そのまま見ぬふりをして立ち去れば良かったのだが、足がその場に縫い付けられたかのように動くことが出来なかった。

「牧野…か?」

車から降りた男が信じられないと言った目でつくしを見つめる。
相変わらずのいい男過ぎて、つくしは一瞬自分が高校生に戻ったかのような錯覚をするが、やはりよく見つめてみれば、長く会っていなかったのだと分かる違いは確かにあった。
元々十代とは思えない精悍さのある顔付きであったが、より頬の丸みが取れあの頃よりも鋭くなった目つきと合わせれば、後継者として日々精進しているのだということがつくしにも分かる。
男はゆっくりとつくしの近くに歩みを進め、つくしも覚悟を決めて男に向き直る。

これもまた、運命なのかもしれないーーー。

「道明寺…」



そして久しぶり、元気と声を掛け合うだけで済むわけはなく、司に半ば拉致されるように車に乗せられた。

「強引なとこ、ほんと変わってない…」
「お前、逃げる気だったじゃねぇか」
「あんたに気が付かなかっただけよ」

つくしが言うと、昔から自信家の男はそんなことあるはずがないと美貌を歪ませて言った。

「お前は…会いたくなかったかもしれねぇけどよ。俺はお前に会って言いたいことがあったんだよ…今更だけどな」
「な、によ…」

つくしは震える声で窓の外を見た。
とてもじゃないが、全てを見透かし射抜くような司の視線を受け止めることなど出来そうにはない。

「お前…変わったな。いや、俺らが変えたのか…」

司は寂しそうに口の端を上げると、小さく嘆息する。

「何が言いたいの?」
「結論から言うとな。あの頃…俺は…お前が類のこと好きなっていくの分かってた。心のどこかでそれでもいいかとすら思ってたんだ」


***

夢見る頃を過ぎても 7


「何それ…どういう意味?」

そんな気持ちで片付けてほしくはない。
あの頃、つくしが司と類の間でどれだけ苦しんだか…姿を消すことしか出来ることがなかったぐらい追い詰められていたのに。

「お前のこと…自分ではどうしようもないくらい好きで、類になんて絶対に渡したくないって気持ちはずっとある…今でもな。でも、俺のことを好きでいろと言うには…恋人だと言うには、余りにも俺は仕事に掛かりきり過ぎた…でも、あの時はそれが必要だったから後悔はしてねぇんだ」

その間、類にお前のそばにいてくれと頼んだのは俺だからなーーー

今更、本当に今更だ。
だったら、ニューヨークに行く前に別れようとたった一言そう言えば済む話ではないか。
しかし、それで司を恨みに思うのは間違っていることは分かっている。
あの頃のつくしにも、司にもそれ以外の方法がなかったのだ。
簡単に別れようと言うには、たくさんの人をつくしたちの恋愛事情に巻き込み過ぎた。

「それを、あたしに伝えてどうしろって言うの?勝手にいなくなったことは悪かったとは思ってる。でも、もう全部終わったことだから」
「終わってないだろ…じゃあ、なんでお前笑ってねぇんだよ。未だに類のこと引き摺ってるから、んな顔してんだろ」

どこに行くともなく車は街中をグルグルと回っている。
先ほど窓の外に見た景色が再び目に入る頃には、薄っすらと明るく見えていた空が影を潜め代わりにネオンがキラキラと輝き出した。

司はリムジンの暗さに気付きライトを付ける。
明るい場所で見るとやはり、10年という月日を感じさせる変化があった。
髪型も服装も何もかもあの頃と同じではない。
それはつくしも同様に。

「あたしが笑っていようがいまいが、今のあんたに関係ある?もし、あたしが類を好きだとしても」

つくしが唇の端だけを上げ自身を嘲るように笑うと、司は傷ましい表情でつくしを見た。

「大有りだ!類は俺の親友だからな…本当は俺もずっと日本に居なかったから親友だなんて言えた義理じゃないが、でもお前がいなくなった後…必死でお前のこと探そうとする俺に、あいつ何て言ったと思う?」
「……?」
「探さないでやって欲しい…って言ったんだよ。分かるかよ?あいつの気持ち!お前がどこに逃げようが俺らにかかれば居場所を見つけることぐらい造作もないことだって知ってるよな?でも、俺らが探せばまた逃げる…その度に仕事を辞めて引っ越して。だから、これ以上お前のこと追い詰めたくないから、苦しめたくないから、探さないでくれって…言ったんだよ。そん時に分かった。お前が…類を愛してるって、類もそれに気付いてるって」

知ってる…あの頃、類と気持ちが通じ合っていたことぐらい。
次第に司から連絡がなくても満たされていった自分の気持ちも、十分に理解しているから逃げ出したのだ。
司の時のように後戻り出来なくなる前に、決着は自分で付けたかった。
でも、もしかしたら誰かに場所を突き止められてしまうかもしれないと思っていたが、類という人はいつもつくしの気持ちを先回りするように読み、つくしのためを思って、つくしが笑顔で居られるように行動する人だった。

また、助けられてたんだねーーー

「でも…だからって…もう…遅いんだよ…」
「遅くねえだろっ!お前は間違えたんだよ、言えば良かったんだ…類が好きだって。そうしたらもしかして類と俺との友情は決別してたかもしれねえけど、類はお前のことは死に物狂いで守ったと思うぜ。今からでも、間に合うだろ?」
「それが、嫌なのっ!あたしなんかの為に何で道明寺と類が決別しなきゃならないの…。小さい頃から付き合ってる親友を捨ててまで守るような価値ない」

リムジンの中に沈黙が落ちる。
つくしは、この会話がどれだけ無意味なものであるか分かっている。
あの時こうしておけば、こういう選択をしていたら…なんて、後悔したところで意味はないのだ。
それに、起こってしまった出来事を変えることなど出来ないのだから。


***

夢見る頃を過ぎても 8



つくしがふと視線を司に戻すと、司はその間もつくしから目を離すことなく見つめていたようだった。
その目が驚愕に満ち溢れ開かれていくのを、スローモーションを見るかのようにつくしも見つめていた。

「お前…それ…どうした?」

司の見つめる先には、つくしの細い手首がある。
ブラウスで隠れていた筈だが、肘を曲げた時に見えてしまったのかもしれないと、つくしは袖をサッと引っ張った。
情事の直後は赤くなっていた程度であったのだが、類に腕を強く掴まれていたようで、次の日痣になってしまっていた。
然程痛みはなかったのに、青く人の手の形で痣になった手首は見るからに痛々しい。

「まさか…類、じゃねえよな?」
「違うっ!」

つくしの嘘は肯定と同意で、勘のいい司はすぐに気がついたようだ。

「何でだよっ」

腕を強く引かれ、バランスを崩したつくしは司の胸の中に倒れ込んだ。
司が支える拍子に腕だけではなく肩をも強く掴むことになってしまい、つくしは痛みに顔を歪める。

「痛いよ」
「悪い…」

司はつくしの肩を掴んでいた手を離し、再び気まずい沈黙が落ちる。

「…ちょっと…外歩かない?」
「ああ…」

車から降りると既に夜の闇に包み込まれ、些か冷たい空気が頬をヒンヤリと掠める。
つくしはどこへ向かうともなく歩きながら、独り言のように呟いた。

「…この間発売された経済誌、道明寺も載ってたやつ。その中でさ…類が笑ってたの…ショックだった。そりゃあ、笑えって言われたのかもしれないけど…でも、もしかしたらあの人も、あたしと同じように苦しんでるんじゃないかって思ってたから」
「いや、お前あれは…」
「いいのっ…そのすぐ後に類に会って、あたしのこと覚えてるどころか憎んでるって知ったから。酷い女だって…俺の気持ち知ってて逃げ出すんだから、静さんと一緒だって…そう言われたよ」

司にもそのあとの展開は容易に想像できる。
今の類の状態を良く知る司でさえ、あの冷たい目にたまにゾッとする時があるほどここ数年の類の荒れ方は酷いものだった。
司がつくしの顔や足に視線を向ける。
見た目では殴られたりといった痣があるようには見えないからやはり、類はつくしに対して性的な暴行を加えたのだ。

「あいつ…お前がいなくなってから何年かは…いつか帰って来るって信じてた。しかもバレバレなのに、まだお前の親友って立場崩さねぇんだぜ。でも、俺にも類にも結婚の話が出てタイムリミットが近付いてるって悟ったんだろうな。お前の話は一切しなくなったよ。類が荒れ始めたのはそれからだな…お前を忘れるためだけに、色んな女と遊びまくってた」
「そう…でももう会うこともない人だから」
「許せねえか?」
「許すとか…そういう感情じゃないわよ。そりゃ…こんな形で再開するとは思ってなかったから悲しかったし…あんな目向けられたこともなかったから怖かった。でも…どういう想いであれ、あの人の中にあたしがまだいるんだって…少しだけ嬉しかったのも事実」

そう、言葉にしてしまえば、なんてことはない。
もう二度と会うことのない人…一夜限りの付き合いだ。
たまたまそれが、つくしがただ1人愛していると思う人だっただけなのだ。

つくしは横断歩道が青にもかかわらず立ち止まると、司と向き直った。
短い時間の同窓会はここまでということなのだろう。

「道明寺、婚約おめでとう。ねぇ、あたしが言うのもなんだけどさ…幸せになってよ。あの頃みたいに笑ってさ、奥さんになる人幸せにしてあげて。あんたが努力すれば、あんたもきっと幸せになれるよ。ね?あんたと一緒にいて幸せだったあたしが言うんだから間違いないよ」

そう無表情で言うつくしにこそ、本当は一番笑っていて欲しかった。
司になど、類になど出会わなければ…今頃普通の結婚をし子どもを授かっていてもおかしくはない。
彼女の人生を大きく歪めた原因は自分たちにあるのだと、司はその責任を痛感する。

「知ってたのか…」
「さすがにね…道明寺財閥ジュニアの婚約ぐらい誰でも知ってるんじゃない?」
「そうだな…お前に対してと同じようにはいかないかもしれないけど、幸せになるための努力はするさ」
「うん…絶対ね」
「なぁ、最後に…抱き締めてもいいか?」

司はつくしの返事を聞くより早く、細い腰を引き寄せた。
つくしの腕が司の背中に回ることはなかったがこれが最後だと分かっているからこそ、ジッと大きな胸に顔を埋めて身体を預けている。

「類を…頼む…お前しかいないんだ、あいつには」
「もう…遅いよ…」

つくしは、司の腕の中からスルリと抜け出すとじゃあと手を振って、丁度のタイミングで青になった信号を渡った。

その光景を車の中から冷たい眼差しで見つめる1人の男がいることも知らずに、司もその場を後にする。


***

夢見る頃を過ぎても 9



漸く1つの物語が終わりを告げた。
司とつくし、2人の出会いは今から12年前になるが、まだ何も知らない子どもでただ好きという気持ちだけで恋をしていた。
つくしが頑張れば、司が4年企業人として母親の元で学べば…この恋は成就するのだと後に待っているのは幸せだけだと信じて疑わなかった。

しかし、今となってはたかが4年であるが、まだ10代の自分には何と長い1年であっただろうかーーー。
声の聞けない1日がどれだけ長く感じるか、会えない日々がつくしをどれだけ不安にさせたか…それは司だけのせいではない、つくしにも意地という名の理由があった。
結婚前に司から施しを受けたくはなかったし、いくら約束された将来があろうともそれに胡座をかくような真似はしたくはなかったからだ。
不器用な2人だからこそ、余計にすれ違いが多くなった。
司と会えない分、類との時間は密で濃いものへとなっていく。
そんな中、類への気持ちを自覚したのが一体いつだったのかもう覚えてもいないが、司と離れて1年も経っていなかったように思う。

つくしが司にも類にも別れを告げずただ逃げてしまったことで、司の中で不完全燃焼のまま燻っていた想いがあったのだろう。
それはつくしの中にもあった。
やっと、互いに想いを吐き出し消化出来たように思う。

「時間かかり過ぎかな…ごめんね」

つくしが駅に向かう道すがら、独り言のように呟く。
たまたま、司と歩いていたのは繁華街に隣接する駅近くであったようで、金曜日ということもあり駅からは飲み屋やカラオケ店に流れる客がつくしのいる方向へと向かって歩いて来る。
つくしは流れに逆らうように歩くが、どうにも人にぶつかってばかりでなかなか先へ進めない。

「何がごめんね、なの?」

どこから聞こえてきた声なのか、つくしに向けられたものだとは思わずにやり過ごそうとするが、どこかで聞いたことのある声にキョロキョロと辺りを見渡した。

「こっち」
「え…」

強く手を引かれ、一瞬痛みを感じるがその時にはこの手が誰のものであるか気が付いていた。

「類…?」

人混みから外れるように、閑散とした路地裏へと連れて行かれる。
元は商店街での一画であったようだが、大型ショッピングモールなどが駅ビルに入り、区画整理対象になっているらしく営業している店は一軒もない。

ここまで、いかにも犯罪が起きそうな場所はなかなかないだろうと思えるような、薄暗く1つの電灯すらない繁華街の路地裏。
さらに奥に進むと、結局は行き止まりで袋小路となっていた。

つくしは類と手を離し上着のポケットに左手を入れる。
そこに指輪が入っていることを確認し、器用な手つきで薬指にはめた。

「司と会ってたんだ…?」

類を知るつくしですら、背中にひやりと汗が伝いそうなほど冷たい声色。
まさか、司と会っていたことに嫉妬したなどということはないであろうが、今いる場所の雰囲気が類の不気味さを後押ししつくしは思わず足を一歩後ろに引いた。

「逃げないでよ…俺と牧野の仲じゃん」

笑っているのに笑っていない、口元だけが歪められたちぐはぐな表情で類は笑う。
人通りの全くない路地裏で、類に左右の腕で閉じ込められるように壁に押さえ付けられた。
つくしは逃げ場所を失くし固く身を縮めるしかない。

「逃げないから……っ、ん」

逃げないから腕を退かしてと最後まで言わせてはもらえずに、荒く唇を塞がれる。
唇を強く噛まれてヒリヒリと痛むが、それよりも類の舌の動きがつくしの身体に覚えたばかりの快感を呼び起こさせる。

「はぁっ…や、だ…っ、こんな、とこ…で」
「ホテル行きたいってこと?」

類に嘲笑うように言われて、つくしはカッと頬を染め首を横に振る。

「じゃ、ここでいいじゃん」

類の手がつくしのスカートを捲り上げ、太ももを這うように動いた。
まさか本当にここでとは思っていなかったつくしは、どうしていいかも分からずに類の手を止めるように強く掴んだ。


***

夢見る頃を過ぎても 10R


強く腕を掴まれて類の舌が口腔内にヌルリと入ってくると、太ももを這っていた手が徐々に上へと上がり足の間に差し込まれた。

「ぁ…ダメ…」
「ダメって声じゃない」

類の言う通りで、キスだけで容易く陥落してしまったつくしの身体は今か今かとより大きい快感を待ちわびている。
指でショーツの上から割れ目を撫でられただけで、ジワリと蜜が溢れ類の手を濡らしてしまう。

「そんなに…俺としたかった?ココ、濡れ過ぎ…」

クスッと声を立てて笑われて、つくしは恥ずかしさでカッと頬が熱くなる。
指の動きが速くなり、撫でられるたびにクチュクチュという水音が耳につく。

「はぁ…ぁ、ん…あぁ…っ!」

つくしがブルッと震え、類の腕を強く掴む。
ビクビクと小さく身体が痙攣するが、類は手の動きを止めることはなかった。

「はぁっ、ダメ…今はっ…触っちゃ、やぁ…んぁ…」
「イクの早いよ」
「だって…っ、あぁっ、ん、はっ…ぁ」

類に必死にしがみ付くようにしなければ、つくしはガクガクと震える足で身体を支えていることなど出来ない。
ショーツを下げ直に類の指がつくしの秘部を捉えると、グチュリと大きな音を立てていとも簡単に指が沈んでいった。

「あぁっ…」

自分の身体は一体どうなってしまったのだろう。
指を中に挿れられるだけで大きな快感の波に飲まれ、早く動かして欲しいと中が蠢く。
前回感じていた痛みは全くなくなり、ただ快感だけが身体を包む。
類は挿れた中指で奥を突くように激しくスライドさせた。

「あっ、あっ、ん…やぁ…また…っ」
「感じ過ぎだから、ここ外だって分かってんの?」

類に言われて自分が声を我慢出来ていないことにやっと気付く。
羞恥心で泣きそうになるが、その間も類の指は動きを止めることなくつくしにはどうすることもできない。
ただ必死に口に手を当てて、漏れる声を何とかしようと試みるが、辛そうに顔を歪めて涙目で類を見つめるつくしの姿は何とも言えず煽情的で類は自身の唇を舐めた。

「んんっ…はぁっ、ん…」

指を引き抜かれ、ボンヤリとベルトのバックルを外す音を聞いていた。
壁に押さえつけられるように後ろを向かされて、固く大きいものが押し付けられ、やっとつくしは我に返った。

「やっ、ダメ…っ…こんなとこ、で…あぁぁっ!」

類の性器が身体に入ってきた瞬間、身体中にビリビリと電気が走るような快感が全身を駆け抜けた。
そしてすぐに始まった律動はグッと奥を突くように、隙間なく抉る。

「あっ、あっ…や、んんっっ」

類の手のひらがつくしの口を覆うと、さらに類の動きが早くなる。

「あんたのココ、やばい…っ、良すぎ」
「ん、んんっ…はぁっ、ん…」

グチュッ、グチュッ…

奥に何度も腰を打ち付けるとつくしの中が再び痙攣を始め、繋がった類の身体にも伝わる。

「もう、イキそう?」
「んんっ…はぁ…ん、ん〜っ」

手で押さえられているためつくしはくぐもった声しか出すことが出来ずに、ただ首を縦に振った。
類は一度つくしの片足を高く抱え直すと、自身の快感を求めるようにパンパンと激しく腰を打ち付けた。

「んんっ…ん〜っ!!」
「中に…出すよ…っ、く…っ、あっ…」

つくしの身体が大きく跳ねると、類もブルッと震え次の瞬間つくしの中に生暖かい体液が注ぎ込まれる。
つくしの中でドクンドクンと波打つ類の性器は、緩慢な動きで最後の一雫までつくしの中に体液を放った。
ズルリと性器を引き抜くと、つくしの愛液と共に太ももからとろりと流れ落ちる。

「な、中にっ…」
「ああ、さすがにここじゃ出すとこなかったから」
「あ…赤ちゃん出来たらどうすんのっ!?」
「え、あぁ…産めばいいんじゃない?あんたの好きにしなよ、責任は取るし。働かなくても生活出来る金はあげるよ」

簡単にそう言ってのける男は、つくしに対しての愛情も、子どもに対しての慈しみの心も持ってはいないようだった。

「くっ、俺たちの子ども、司に面倒見させようか…あんたまだ司のこと好きみたいだし、あいつも喜ぶんじゃない?」


***


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